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オルガ

第五話 翻弄する者、される者

 ←Peach candy planets企画 →短編集・シシィの日常のこと。(補足)



「オルガ様も、最近は随分と人間らしくおなりですな」
 執事のモートンが感慨深げにそう言ったことで、フォスターは口に運んだ紅茶を危うく吹きそうになった。
 しかし、オルガという少女に対する称賛として、これほど的を射ている言葉もないので、苦笑気味に頭を掻く。
 言った当人のモートンも、恐らく人生で使うことのなかったはずの賛辞に奇妙さを覚えたらしく、主の苦笑を自嘲気味に見ていた。
 フォスター伯爵家に引き取られて、間もなく半年になるオルガは十三歳。(ただし、推定である)
 十三歳の少女としては、たどたどしい喋り方は相変わらずだが、喋ることを禁じられ、ペットとして過ごさざるを得なかった三年もの月日を鑑みれば、致し方ないこと。
 幼子のようであれ、フォスター家にやってきたばかりの頃と比べれば、着実に成長している。
 裸でうろつくことも、四つん這いで歩くこともなくなり、欲求の赴くまま性への要求を露わにすることも見られず・・・、つまり、「人間らしく」なった。
 当初は前途多難な将来に頭を何度も抱えたが、じっくり時間をかけて躾ける覚悟はできていたので、半年で「動物」から「幼子」にまで成長したのだから、成果は上々と言えよう。
 ただし、人間の幼子と動物には、境が微妙な部分がある。
 先日、ある貴族のパーティーに招かれた際、そこで飼われていた仔猫を見ていたら、どうにもオルガと重なって仕方なかったのだが、主宰者のところの幼い子息も同じであることに気付いたのだ。
 大人の社交場にしゃしゃり出てきた子息は、乳母に捕獲されて懲らしめられたようだが、自我に忠実な彼もまた、オルガを彷彿とさせた。
 どこも子供は同じだな・・・と苦笑したフォスターだが、ふと、主宰者宅の子息とオルガの年齢差に気付いて、更に苦笑を深めることとなった。
 子息は聞いたところ五歳。
 オルガは推定であれ十三歳。
 即ち、オルガはようやく五歳児レベルということか。
 そんな話を思い出してモートンに聞かせると、彼は何を今更と言う表情を浮かべた。
「さようでございますとも。幼い子供のやることは、猫や猿と大差ございません」
「猿もかい?」
「はい、さようでございます。あ~あ、旦那様は今だ、ご結婚されておられないのでしたね。旦那様のお年であれば、そのご子息と同じ年頃のお子様がいらしても、なんら不思議はございませんのに」
 しまった。
 嫌味を言う機会を与えてしまった・・・。
 フォスター家に長年仕える忠実で誠実な執事モートンの唯一の不満は、主が独身で通していること。
 ここをつつくと、普段温厚篤実なモートンも、小言製造機に早変わりする。
「猿というのは興味深いね。オルガもそんな部分があるのかい?」
 こんな時は、話題をすり替えるのが一番だ。
「ございますとも。最近よく見られるのが・・・」
 話のすり替えに乗ってくれるのは、彼が単純だからでなく、もはや諦めているのだろう。
 それでも、チャンスあらば嫌味めいた小言を口にするのは、家令としては当然だと、フォスターだってわかっている。
「メイド頭の少し後ろを、仕草を真似て歩いていらっしゃるオルガ様をご覧になったことはございませんか?」
 フォスターはつい吹き出した。
 見たことがある。
 実に可愛らしかったが、彼が吹き出した理由は別。
 そういうモートンだって、少し後ろをついて歩かれて、仕草や咳払いの姿勢まで真似られていることを知らないのだと気付いたら、可笑しくなったのだ。
「猿のように他者を真似、そうやって子供というのは色々覚えていくものです。だから、殊更教えなくてもできることが増えていく」
「なるほど、確かにそうだね。つまり、共に生活する私たちも、行動に気をつけねば」
「旦那様はそのままで十分でございますよ」
「そうかい。まあ、誰かさんに大そう厳しく躾けられたからね」
「はい、手を焼いた甲斐がございました」
「優はもらえるかな」
「良ですね」
「手厳しいねぇ」
「ご結婚さえなさってくだされば、優を差し上げますよ」
「おっと、こんな時間か。オルガを迎えに行くから、車を用意してくれないか」
 モートンの聞えよがしの大仰なため息も、フォスターは聞こえないふりをした。



 ここのところ、オルガの遊び場はファビオの家だ。
 ファビオ自身は仕事で不在の場合が多いが、オルガは彼の母親にとても懐いており、彼女のお手伝いや一緒に買い物へ行ったりすることを、一番の楽しみのしているようだった。
 ファビオの家まで車で送り迎えするのが、フォスターの最近の日課である。
 いつものように車に揺られ、窓から外を眺めていると、仕事帰りのファビオの姿を見つけ、声をかける。
「乗っていきなさい。ちょうど、オルガを迎えに行くところだから」
 ファビオは少し不機嫌そうに後部座席のドアを開けたフォスターを眺めやり、黙って彼の隣に腰を下ろした。
「どうした? ご機嫌斜めだね」
「なあ、フォスター卿。アンタ、俺たちを信用してないのか?」
 思いがけない言葉に、フォスターは目を瞬く。
「どうしたのだね、急に。そんな筈ないだろう。君はオルガの立派なナイトだし、母上もオルガを大事にしてくれるからこそ、遊びに行かせているんだが・・・」
「だったら! 何だよ、あの見張り。オルガが来る日は最近いつもだ」
 ファビオは破れかけた帽子を悔しそうに握りしめて、フォスターを睨み上げた。
「・・・見張り?」
「ああ! バレない訳ないだろ。貧乏人しか住んでないあのブロックに、ずっと停まってる明らかに貴族の高級車! アンタん家の以外の、何だってんだ」
「・・・その車が、オルガのいる間、ずっと・・・?」
「そうだよ! 何、しらばっくれてんだッ」
 無論、それはフォスター家の物ではない。
 フォスターの胸に、不安が過った。
 運転手に車を急がせるよう鋭く指示したフォスターの顔色に、焦りを見てとったファビオは、どうやら自分が彼に濡れ衣を着せてしまったことに気付いたようだ。
「ち、違ったのか!? ごめん、俺・・・」
「かまわんよ。教えてくれてありがとう」
「なあ、なあ! アンタのトコの車じゃなかったとしたら、アレって、まさか・・・」
 まさか。
 フォスターとて考えたくない予想だが、ファビオの家に出入りしているのがオルガと知って停車しているのであれば、心当たりは一つしかない。
「アレってまさか、オルガをペットにしてたって貴族・・・」
 ――――ヴォルフ卿。
 初等科時代から、ずっと学友だった男。
 古い付き合いだからこそ知っている、彼の性質。
 飽きたら簡単に何でも捨てるが、それが他者の手に渡ると再び欲しがる。
 そういう、子供の様な男だ。
 人は彼をサディストと称すが、フォスターは思う。
 サディズムとは、幼さだ。
 小さな子供は、理性や命の重さも知らないからこそ、平気で蝶の羽をむしる。
 あれと同じ。
 やって良いことと悪いことの判別がつかない。理性で欲求を抑えられない。
 ――――オルガを奪う。
 ヴォルフ卿ならやりかねない。
 ファビオの家までの道のりが、ひどく遠く感じた。



「いた! あれだよ!」
 ファビオが指差した高級車に、フォスターは車を飛び出し駆け寄った。
 カーテンで覆われた後部座席の窓を叩く。
「――――無礼だな、伯爵ごときが、侯爵家の車にノックとは」
 やはり、ドアを開けて出てきたのは、ヴォルフ卿だった。
「・・・失礼。まさか、こういう場所に侯爵家の車が停まっているとは、思わなくてね」
 家柄は圧倒的にヴォルフ卿が上だが、学友時代から、フォスターは彼に恭しく接しない。
 学友時代はこれでも、つかず離れずの距離感を保った友人だった。
 フォスターが彼との距離をとるようになったのは、彼が性的快楽に手を出し始めてからだ。
 ただただ我が儘で癇癪持ちで、何もかも自分の思い通りにならなければ気が済まず、他者が自分に平伏し、傅いて当たり前と考えている子供の頃は、まだ良かったのだが・・・。
 彼の女性に対する仕打ちは、フォスターの堪忍袋の緒に研ぎ澄ましたナイフを宛がう行為だった。
「私とて、このような所に来たくて来ているのではない。だが、品がここを出入りしているのだから、仕方あるまい」
「・・・品だと?」
「ああ、お前に売ったペットを買い戻す。買値の倍出そう。言い値でもかまわんぞ。今連れていくから、アレを呼んでこい」
「オルガはフォスター家の家族だ! だから売り買いなぞせん!」
 ヴォルフ卿は虚を突かれたように目を丸くした。
「家族だって、アレの父親は私に売ったぞ?」
「~~~」
 あまりに純粋な疑問符過ぎて、フォスターは返す言葉を失ってしまった。
「しかし・・・、オルガとはまた、感傷めいた名をつけたものだな」
 ニヤニヤと這うような視線を送るヴォルフ卿に、フォスターは厳しい目を送り返した。
「余程、あの娘にご執心だったのだな。折角あの時、一緒に楽しもうと誘ったのに」
「黙れッ」
「・・・本当に無礼なヤツだ。この私にそんな物言いをするのは、お前だけだぞ。いつもながら、実に不愉快だ」
「不愉快であるなら、何故いつまでも私にかまう。大学時代、当に縁は切った。もう友人などと思ってもらわずとも結構!」
 ヴォルフ卿が口籠り、歯ぎしりした。
「べ、別にお前のことなど、友と思っていなかった!」
 捨て台詞まで子供染みたヴォルフ卿が車に戻ろうとした時だった。
 ファビオの家の方から、オルガがスカートをはためかせて走ってくる。
「ヴォルフ! ヴォルフ! ヴォルフ~~~!」
 ・・・・・・聞き間違いか?
 いつもなら、「ふぉすた!」と舌足らずにフォスターの名を呼びながら駆けてくる少女が、自分を辱め、貶めた男の名を嬉しげに呼んでいるような。
 聞き違いどころか、フォスターは信じられない光景を目の当たりにする。
 フォスターの前を素通りしたオルガが、ヴォルフに抱きついて微笑んだのだ。
「オルガ・・・?」
 彼女の名を呆然と口にしたのは、無論フォスター。
 同時に彼女の名を口にしたのは、戸惑い気味のヴォルフ卿であった。
「オルガ! どうして、そんなヤツに嬉しそうにしがみついてんだよ! そいつはお前にひどいことしてきた男だろ!?」
 傍で事の成り行きを見守っていたファビオの非難めいた喚き声は、フォスターの心の内を代弁するものだった。
 大人であり紳士の彼は、ファビオのように喚きたくても喚けないのだから。
 オルガはキョトンとファビオを振り返り、小首を傾げた。
「オルガ、ヴォルフ大好きだもん」
「はあ!? なんでだよ! 意味わかんねぇ! 何考えてんだ!」
 いいぞ、もっと言え、ファビオ。
 心中にてファビオにエールを送りつつ、フォスターはずるい大人としての役割を果たすべく、子供達の間に割って入った。
「よしなさい、ファビオ。オルガ、お家へ帰るよ。ほら、おいで」
「ヴォルフも一緒?」
 そう言った満開の笑顔は、普段なら愛しくて仕方ないが、今はひどく憎らしい。
 これではヴォルフ卿を増長させて、またあの嫌なニヤけ顔を見る羽目になるではないか・・・と思ったが、この状況下に一番ついてこられていないのは、その彼のようだ。
 自分にしがみつくオルガを、目を丸くして見下ろしている上に、耳が赤い。
「な~にが、ヴォルフも一緒?だよ! さっさとそいつから離れろ、オルガ!」
「どうして!? ファビオ、嫌い! ファビオのバカ!」
 アッと思った瞬間、大きく振られたオルガの手がファビオの頬を叩いた。
「オルガ! なんてことするんだ。ファビオに謝りなさい」
 叱りつけたフォスターに、オルガがツンとそっぽを向く。
「や! オルガ悪くない」
「・・・オルガ」
「や!」
「そういうことを言う子は、お仕置きだな」
 ビクリとお尻を庇い、ヴォルフ卿の背に隠れたオルガ。
 泣きそうな視線を彼女に送られているのは、フォスター。
 なんて情けない構図。
 これでは立場が逆ではないか。
 フォスターはため息をついて頭を一振りすると、少々強引にヴォルフ卿からオルガを引き離した。
「やん! ヴォルフ~~~!」
「ヴォルフ、オルガの件は後日、改めて話し合おう。今日のところは、引いてくれ」
 そう言いながら、フォスターはオルガを脇に抱えた。
「あん! 痛い~! やだぁ!」
 お尻を叩かれてベソをかき始めたオルガを、しばらくボンヤリと眺めていたヴォルフは、やがて車中に戻った。
「あ! ヴォルフ~! 痛い! ヴォルフ~!」
 走り去る彼の車に必死に手を伸ばしてもがくオルガ。
 フォスターはお尻を叩いていた手を止めた。
 ここでお仕置きを続けたら、嫉妬めいた苛立ちが介入してきて、お仕置きでなくなりそうな気がしたからだ。
「・・・ファビオ、嫌な思いをさせてすまなかったね。オルガには後でちゃんと謝らせるから、君も今日のところは・・・」
「ケッ! もういいよ! 俺だって、オルガなんか嫌いだ。もう来んな!」
 乱暴に地面を蹴りつけると、ファビオは家の中に駆けこんでしまった。
 戸口では、彼の母親が一部始終を傍観していたらしく、苦笑気味に肩をすくめて見せている。
 フォスターはそんな母親にやはり苦笑を返すと、脇から下ろしてやったオルガの不貞腐れた顔をみつめた。
「・・・オルガ、帰るよ」
「帰っても、お尻ぺんしない?」
「・・・わからない。私が冷静になれたら、お仕置きの続きはするけどね」
「じゃ、れーせーにならないで」
 真剣にそう言ったオルガが可愛くて、笑ってしまった。





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