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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀14

 ←堕天朱雀13 →ラ・ヴィアン・ローズ完結編、堕天朱雀のこと。
~ラ・ヴィアン・ローズ完結編~


 煌が寝グズを始めたので技芸が帰ったのを皮切りに、朱煌を囲んでいた人々が帰っていった。
「また明日」
 二度と言えまいと思っていた言葉を噛みしめるようにして。
 彼らを見送って振り返れば、残っているのはマジェスティーと自分、そして朱煌の三人だけ。
「・・・ジェス、俺もそろそろ・・・」
「凰」
 立ち上がったマジェスティーが、「アイフェン」でなく、息子として自分を呼んだことに、少し戸惑う。
「私も色々忙しくてな、すぐに本国に帰らなきゃならん。・・・母さんのこと、頼んだぞ」
 両親を二人きりにしてやるつもりが、先を越されてしまったことに、アイフェンは苦笑した。
「朱煌、近い内に帰るよ、お前のところに」
「・・・うん。いってらっしゃい、あなた」
「いってきます」
 朱煌の頬にキスを残し、マジェスティーはアイフェンの肩を叩いて診療所を後にした。
「・・・何か、善積さんがパパ・ジェスティーだったって、わかっていても妙な気分だな。善積さんて、こういう挨拶する人じゃなかったし」
 頬に手を当てて、朱煌が呟いた。
 完全蘇生を遂げた朱煌に、事情の説明は不要だった。
 話すことも体を動かすこともできなかったから意志の疎通は図れなかったが、朱煌にはずっと意識があり、ここへ入れ替わり立ち替わりやってくる人々の会話で、ほとんどの自体は把握できていたという。
 あの体の状態で意識がハッキリしていたという事実に、アイフェンはゾッとした。
 炎の中から救い出されて十数年、どれだけの苦痛の中にいたのか。
「凰、そんなとこに突っ立ってないで、こっちに来たら?」
「え? あ、はい・・・」
 朱煌のベッドに腰かけたアイフェンは、母の顔をまともに見ることができず頭を掻いた。 
 参った。
 母に凰と呼ばれるのが当たり前であるし、ずっとそう呼ばれたかったのに、いざ呼ばれると照れ臭い。
 先ほど、朱煌の再生に喜び沸く人々の輪に入らず、遠巻きにそれを眺めていたのも、そのせいだ。
「・・・辛かったでしょう? あんな状態で意識があったなど・・・」
 本当に話したいのは、こんなことじゃない。
 けれど、何を喋っていいのかわからない。
「お前も刃も、ちゃんとケアしてくれてたよ。二人とも、立派な名医だった。それに・・・」
「それに?」
「お前達の話を聞いてるの、楽しかったよ。まあ、言い返したい会話も、チラホラあったけど?」
「そんな話、しておりましたか?」
「してたさ! アレもそうだ、孫のこと」
「煌?」
「そう! 孫の名付け会議」
「・・・ああ」
「あれは一言物申したくて、うずうずしたぞ。なんだよ、アレ」
 不貞腐れる朱煌を見て、アイフェンは天井を仰いで肩をすくめた。
 娘に尊敬する上官・朱煌の文字をもらって名付けたいと技芸が提案した名が「煌」だった。
 それを、アイフェンとマジェスティーが反対していた時のことだろう。
 彼らの意見はこうだった。
「煌なんて付けて、あの「煌」みたいに育ったらどうする」
 結構本気の反対だった。
 それだけ、あの煌には色々気苦労させたれてきたのだから・・・。
 結局、技芸に押し切られる形で「煌」と名付けた次第である。
「失礼な奴らだ」
「うちの煌があの煌姫みたいになったら、今度はあなたも苦労なさるのですよ」
「・・・それもそうだな」
 真面目くさって頷いた朱煌と、顔を見合わせて笑う。
 思い出話。取りとめもないない話。
 随分長いこと話した。
 アイフェンとして接している方が、正直、気が楽だった。
 これでいい・・・と、アイフェンは思っている。
 あの炎の中から甦った朱煌が、目の前にいて、こうして快活に喋っている。
 それだけで、十分幸せだった。
「ああ、もうこんな時間ですね。まだ本調子ではないのですから、ゆっくりお休みください。当分は安静に。いくつか検査して、それからリハビリのメニューを・・・」
 そう言うアイフェンを、朱煌がじっと見つめている。
「まだ」
「お傍にいた方がよろしいですか?」
「逆だろ?」
 そう言った朱煌が、両手を広げた。
「まだ抱っこしてない。そこじゃ抱っこできない」
「だ、抱っこって・・・」
「おいで、凰」
 アイフェンは耳朶の紅潮を覚えつつ、彼女の手の届く範囲まで席をずらした。
 朱煌の手が頬に触れ、引き寄せられた。
 崩れるように胸に抱きしめられて、目をつむる。
 鼓動が聞こえた。
 もう二度と会えないと思っていた母の鼓動と体温を、頬に感じる。
「・・・ぁさん・・・」
 声が震えて、思うように言葉が出てこない。
 朱煌の手が、彼が子供の時と同じにポンポンと背中を叩いた。
「~~~母さん」
「うん、お母さんはここにいるよ」
「母さん・・・母さん! 母さん・・・!!」
「頑張ったね、凰。長い間、いっぱい頑張ったね」
 長かった。
 母が炎に飲み込まれていくのを見たのが六歳の時。
 それから大戦の中、ラ・ヴィアン・ローズで過ごして十二年。
 十八歳で過去に飛ばされ、更に四十二年を過ごした。
 母が生きていたと知り、必死の延命治療に携わって三年が経過。
 五十七年。
 いつしか母の年齢すら追い抜いて、五十七年もの歳月がアイフェンの中で過ぎ去っていった。
「・・母さ・・・ぅ、うぅっ、母・・さん・・・」
 泣いて母が戻るなら、体中が枯れ果てても泣いただろう。
 だが、泣いたところで母は生き返らない。戻らない。二度と会えない。
 そう、思っていたから・・・。
 幼かったあの頃のまま、抱きしめて名を呼んでくれる母の腕の中で、アイフェンはその数十年分の涙を取り戻すかのように、泣きやむことができずにいた。



「アイフェン! ママンが朝食どうぞって!」
 窓の外から聞こえる朱煌の声。
 それがラ・ヴィアン・ローズのドクター・アイフェンの目覚ましだった。
 朝食の時間になると、マジェスティー邸から朝の運動代わりに朱煌が走ってきて、アイフェンを起こし・・・。
 アイフェンはベッドから跳ね起きて、周囲を見渡した。
 そこは長年、見慣れた診療所の自室。
 混乱。
 今は、「いつ」だ?
 未来に戻った。母が生きていた。母が助かった。
 ふと漏れた、自嘲。
「また・・・夢、か」
 幾度も幾度も、こんな夢を見た。
 形は色々であれ、いつも最後は同じ、幸せな夢。
 母が生きていて、「凰」と呼ばれて抱きしめてくれて・・・。
「アイフェン! 早く起きろー、寝ぼすけ」
 クシャクシャと髪を掻きまわし、アイフェンは窓を開けた。
「おはようございます、姫さま」
「おはよう、凰。よく眠れた?」
 そうニンマリと笑みを浮かべて自分を見上げている、車椅子の朱煌。
 その傍らには、技芸。
「~~~・・・」
 ジロリとアイフェンに睨まれて、技芸が首をすくめた。
「わ、私はお止めしたんだ。でも、閣下が・・・」
 わかっている。
 ああ、わかっているとも。
 どこまでも人を振りまわす。
 これが、朱煌なのだ。
 これこそが、生きている朱煌。
 今まで夢に出てきたような、ただ優しく微笑んで抱きしめてくれる朱煌など、偶像。
 そうとも、間違いない。
 母は生きていた。
 夢なんかじゃない。
「朱煌。こういう性質の悪い冗談で人をからかうようなヤツは、父さんに言いつけてやるからな」
 朱煌がギクリと顔色を変えた。
「お前、それは卑怯だぞ!」
「それは父さんが決めることだ」
「母親を呼び捨てにするようなヤツこそ、お父さんに叱られるんだからな!」
「は!」
 大上段に構えて腕組みしたアイフェンが、鼻で笑って窓辺から朱煌を見下ろした。
「母親らしい行動ができたら、「母さん」と呼んでやる」
 心地よいまでの余裕。
 ずっと、ずっと、呼びたくて仕方なかった「母さん」という言葉を、こんな風に言い放ってしまえる幸せ。
 母が生きて、元気に目の前にいてくれるからこそ言える贅沢。
 アイフェンは今、とても幸福だった。



 衛星中継では、『ユニオン・アース』と正式名称を改めた新国家の初代大統領が、所信表明の演説をしていた。
「じぃじ! もっと! もっと!」
「煌、もう勘弁してくれ」
 孫の煌を振りまわして飛行機ゴッコに興じていたマジェスティーだったが、ヘトヘトになってソファに腰を下ろした。
 堕天使の血のお陰で、三~四十代の若さを取り戻していた肉体でも、三歳児の飽くなき要求には到底敵わない。
「煌、じぃじは疲れたって。お前も休憩」
「やぁーん!」
 地団太踏む煌のお尻を軽くピシャンと叩いたアイフェンは、ムクれる小さな娘の髪を撫でた。
「おい、ジェス。ちゃんと聞いてやれよ。お前が押し付けてきた役目を、初代大統領閣下が果たしてる最中だぞ」
 マジェスティーが肩をすくめてテレビに視線を送る。
「押し付けたって・・・、人聞き悪いな。この所信表明の草案は、俺が書いた。聞くまでもない」
 アースルーラー(地球統一王)は絶対君主制に傾いていた国家基盤を、共和制を軸とする新体制に整え、初代大統領のみ指名して、アッサリと主君の座を降りた。
 アイフェンは苦笑いして、テレビ画面に再び目を移した。
「義父さんも気の毒に・・・」
 つい半年前のこと。
 久しぶりにゆっくり酒を酌み交わしたいと、マジェスティーに呼び出されて連合本国に出掛けた黒荻。
 よもや、自分が初代大統領を指名されるとは思いも寄らず、マジェスティーの元にノコノコ出掛けて行ったのが運の尽き・・・。
「気の毒とはなんだよ。俺は、これほど適した指名はないと思ってるぜ。ラ・ヴィアン・ローズにいたとはいえ、大戦中、両軍分け隔てなく負傷兵を診続けた医師。やり遂げてくれるさ、あいつなら」
 マジェスティーの言い分はもっともなのだが、黒荻の人と成りは、そんな地位を求めていないことも、アイフェンは知っている。
「心配するな。向いてるよ、あいつは。世の中には、二つの種類の将がいる」
 アイフェンから煌を抱き受け膝の上に座らせると、マジェスティーが言葉を次いだ。
「一つは、乱世の将。もう一つは、安寧の将。俺や朱煌は前者。黒荻 刃は後者だ。おまけにファーストレディはレーヌときてる。ユニオン・アースの幕開けは盤石だ」
 いけしゃあしゃあと・・・。
 結局、少しでも早く朱煌のところに帰りたかったから、一番手近な人材を登用しただけではないか。
 とは言え、黒荻が所信表明の後に発表した議員の名を聞けば、マジェスティーがプライベートを優先した権力の乱用をしただけとは思えぬ面子。
 アイフェンは肩をすくめて宙を仰いだ。
「ところで、朱煌は?」
「反省するまで立たせてる。凰、母さんを呼び捨てにするな」
「アンタがちゃんと朱煌を躾けられれば、いくらでも呼ぶさ、「母さん」ってね」
 マジェスティーが哄笑すると、煌がキョトンとして彼を見上げた。
「努力はするがね。何年かかるかわからんぞ。お前の報告分だけでも、今日のお仕置きじゃ足りないくらいだ」
 マジェスティーが帰った今日、今までのこと、すべて言いつけてやった。
 お陰で、感動の再会は一転、何年ぶりかのマジェスティー・・・並びに、高城の膝の上、たっぷりと据えられたお仕置きの時間。
 ドアがノックされた。
 マジェスティーが頷いたので、アイフェンがドアを開けに立つ。
 拗ねた子供の様な朱煌が、お尻を擦りながら立っていた。
 マジェスティーが煌を膝から下ろしたので、アイフェンがその小さな体を抱き上げる。
「おいで、朱煌」
 膨れ面のまま、朱煌は父・マジェスティー、そして、夫・高城の胸に飛び込んでいった。
「ただいま」
「~~~おかえりなさい」
「それから?」
「・・・・・・・・ごめんなさい。もう、しません」
 アイフェンとマジェスティーは顔を見合わせて苦笑した。
 もうしません?
 嘘をつけ。
 また必ず人に心配をかけるくせに。
 対処法は知っている。
 見捨てればいい。
 面倒を見切れないと、突き放してしまえばいい。
 そうすれば、誰しもが舌を巻くほどに大人に変貌するだろう。
 だが、朱煌は本来子供でいられたはずの時間を取り返しているのだ。
 それが、朱煌のラ・ヴィアン・ローズ―薔薇色の人生―。
 いくらでも付き合おう。
 それが、愛しき人への彼らのラ・ヴィアン・ローズなのだから・・・。






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