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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀13

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 黒荻がフェン大尉の正体を知ったのは、朱煌が同盟領の市民に生きながら炎で焼かれた日の夜だった。
 数年前に退役し、隠居生活で司令部にはほとんど姿を見せなかったクロスが、連絡をよこしたのだ。
「姫さまは、まだ生きてる。だが、このままじゃ時間の問題だ。ドクター黒荻、あんたの助けが欲しい」
 そう連絡を受け、半信半疑で呼び出された空き家の診療所に行ってみると、全身焼けただれた負傷兵を、必死で金色のオーラで包んでいるフェンがいた。
 そこで、初めて彼女が堕天使であることを知る。
「治せないんだ! 治せると思ったから待ったのに、治せない!」
 泣きじゃくって訴えるフェンを落ち着かせ、病院から至急治療設備を診療所に運ぶように要請し、懸命の延命処置が始まる。
 そして、黒荻はフェンから、過去でのからくりのすべてを聞かされる。
 一人過去に残ったフェンが瞬間移動能力を使って、あの炎の中から朱煌を救い出すまでのことも。
 黒荻の話に耳を傾けていたアイフェンは、黙って技芸を見た。
 技芸は痛々しい姿でベッドに横たわる朱煌を眺めてから、口惜しげに唇を噛んで、涙を浮かべた。
「・・・ごめん。知らなかったんだ。堕天使が、重傷者の人類を治せないって。こんなことなら、もっと早く助けに飛べば良かった・・・」
 震える声の技芸を、そっと引き寄せて抱きしめる。
「あの時、閣下をすぐに救えば、歴史が変わる。陛下は連合軍に寝返らず、連合軍の堕天使は、実験動物のまま。そう思ったら、怖くて・・・、閣下の姿が完全に炎に飲み込まれて、亡くなったように見えるまで、動けなかった・・・」
「いいんだよ、技芸。お前の判断は正しい」
「せめて、お前にすべての事情を話して、その上で過去に飛んでもらおうとも考えたけど・・・、閣下のこのようなお姿を、まだ幼かったお前には見せられなかった・・・」
 アイフェンは自嘲気味に口元を歪め、ベッドの朱煌をみつめた。
 若かったあの頃、この母を見せられて、こんな冷静にいられただろうか。
 否。
 何故もっと早く助けてくれなかったと、技芸を責め立てたに違いない。
「もういいから、泣くな。どんな姿であれ、母さんが生きてくれている。今、俺はとても嬉しいよ」
 技芸の頬に伝う涙にキスをして、アイフェンはベッドの傍らに立ち、朱煌を覗き込んだ。
「義父さん、俺はラ・ヴィアン・ローズを退役し、母さんの治療に加わるよ」
「そうだな。ドクター・アイフェンがいてくれれば、俺も心強い」
 これが正しい判断なのか、アイフェンにもわからなかった。
 もしかしたら、この全身火傷の苦しみから、早く解き放ってやるべきなのかもしれない。
 だが・・・。
「母さん、お願いだ。息子のわがままに、付き合ってくれよ・・・」
 生きていて、欲しいのだ。



 朱煌の手を握ったまま、そこから動こうとしないマジェスティーに、多聞は弱り果ててため息をついていた。
「ジェス、多聞が困ってる。早く行け」
 肩に置かれたアイフェンの手を、マジェスティーが振り払う。
 駄々っ子のようなその仕草に、苦笑。
「母さんの傍にいたけりゃ、一刻も早く戦争を終結させて、いつでも堂々とここに来られるようにしろ」
「~~~終戦しても、やることは山とある! なかなか会いに来られないなんて、嫌だ!」
 アイフェンと多聞が顔を見合わせて肩をすくめる。
 採血していた技芸など、見てはいけないものを見たように、目のやり場に困っている。
 それはそうだろう。
 敬愛する主君の、こんな子供の様なやんちゃを見せられれば当然だ。
「朱雀、いっそ、紅蓮朱雀を連合軍の医療施設に移せないか?」
 多聞の提案に目を輝かせたマジェスティーを見て、ため息。
「動かせる状態じゃない。下手に動かして、ギリギリの均衡を保ってる容体が悪化したらどうする」
 ガッカリしたマジェスティーの首根っこを掴んで、無理矢理立ち上がらせたのはクロスだった。
「自分の役目を果たせと、見送る時に言っただろ。さっさと連合に戻れ」
 渋々、多聞に促されて戸口に立ったマジェスティーは、後ろ髪を引かれつつも、ようやく診療所を出ていった。
「やれやれ・・・」
 アイフェンは苦笑いを漏らしつつ、技芸の腕から採血の器具を外す。
「ぎぃ、もう俺の血で賄うから、いいんだぞ」
「いい。私の血で少しでも閣下が楽になるなら、提供したいんだもん」
「・・・ありがとう」
 クシャクシャと髪を撫で、アイフェンは技芸から取った血を点滴に混合させた。
 治癒にまでは至らずとも、人類の細胞組織を活性化する堕天使の技芸の血が、十二年もの長い間、朱煌の命を繋ぎとめていたのだ。
 できれば、延命ではなく、快方に向かわせたい。
 マジェスティーと話させてやりたい。
 もちろん自分も、母の声が聞きたい。
 その日から、アイフェンは診療所の研究室で、自分と技芸の血を研究する日々を送ることになる。
 ふと苦笑が漏れた。
 過去のこの場所で、同じように堕天使の血を研究し、実験を繰り返してきたのを思い出したのだ。
「アイフェン、コーヒー淹れるよ。休憩したら?」
 研究室を覗いた技芸を振り返り、アイフェンは微笑んだ。
「ああ、ありがとう」
 あの頃は、こんな風に休憩を呼び掛けてくれる妻はいなかったが。
 


 数ヵ月後、同盟軍が降伏宣言を表明した。
 マジェスティーが言った通り、事は簡単に終わらなかった。
 降伏を是認できない一部同盟軍将校の反乱。
 その鎮圧は同盟軍自ら買って出た。
 連合はそれを静観するばかり。
 上手いやり方だと、アイフェンはマジェスティーの采配に苦笑を禁じ得ない。
 連合占領軍が出動すれば同盟領市民の反感を買うだろうが、同盟同士を衝突させて潰し合いをさせた末に乗り出せば、完全平定は容易い。
 長の戦争が終わっても、まだ勃発する内戦に辟易としていた同盟領市民の心も、連合軍に傾くというわけだ。
 戦争を終わらせる為に、また犠牲者を出す。
 おそらく、紅蓮朱雀・朱煌が長に立っていても、同じことをやっただろう。
 アイフェンにはとてもじゃないが、実行できない冷淡さ。
 これが将の器だとしても、そんなのはごめんだった。
 ここまでしなければ終わらない戦争など、もう二度と起こって欲しくない。
 二十年だ。
 二十年もの間、地球上を焼きつくした戦い。
「ぎぃ、見てごらん」
 窓辺に誘った技芸の肩を抱き、アイフェンは空を見上げた。
「今、この空の下、どこにも戦争はないんだよ」
「ん・・・、なんか、不思議だ」
 生まれてからずっと、戦争しか知らずに育った技芸の率直な感想に、アイフェンは静かに微笑んだ。
「あのな、アイフェン」
「うん?」
「閣下がお目覚めになったら、どうしても聞きたい不思議が、もう一つあるんだ」
「何?」
「あれほどの戦士が、何故、死を目前に嘲笑を買うような命乞いをしたのか・・・」
 アイフェンは技芸を抱き寄せて、ベッドの朱煌をみつめた。
 今でもまざまざと思い出す、炎に巻かれて泣き叫ぶ朱煌。
 ――――嫌だ! 助けてくれ! 死にたくない! あなた! 凰!
 息子として、あの中継を目の当たりにして数年は、彼にもわからなかった。
 だが、アイフェンとして、ラ・ヴィアン・ローズで育っていく朱煌と共に過ごす内、あの瞬間の彼女の心情は、理解できるようになっていた。
 朱煌は、生きられたはずの命を、中途で立つ行為を美化することを嫌った。
 おそらく、英雄視される自分が迎える死を、堂々たるものにし、美談にされることを恐れたのであろう。
 あんな瞬間まで、朱煌は将として、残る者に指針を示した。
 ――――みっともないほどに足掻いてでも、生きろ。
 朱煌は炎の中で、そう叫んでいたのだ。



 朱煌を取り囲む医療機材を一通り微調整して回ったアイフェンは、朱煌のバイタルを測定していた黒荻と視線を交わした。
 その晩、連絡を受けた者たちが診療所に集まる。
 レーヌが黒荻に寄り添い、クロスは黙りこくって窓の外を見つめていた。
 瞳子もベッドの傍らで放心したように涙をこぼしていた。
「アイフェン・・・、私は閣下を助けるべきじゃなかった。彼らに、もう一度、閣下が亡くなるのを見せつけるだけなんて・・・」
 苦々しげに呟いた技芸を抱き寄せて、アイフェンはゆっくりと首を振った。
「そんな風に考えなくていい。お前は俺たちに、母さんを看取る時間をくれたんだ」
 あの時、連れていた部下は暴徒に撲殺され、たった一人、炎に投げ込まれた朱煌。
 ここに集まるのは、それを中継越しに見ているしかなかった、朱煌の家族。
 アイフェンはふと引っ張られたズボンを見て、柔らかく微笑んだ。
「ほら、ぎぃ。そんな顔していたら、煌が怯えてしまうよ」
「・・・うん」
 技芸は二歳になる娘を抱き上げて頬ずりした。
 煌と名付けられた彼らの娘は、くすぐったそうにキャッキャと笑う。
 その笑い声が静寂の中に響き、重たい沈黙を守っていた一同の笑みを誘った。
 その時、ドアが勢いよく開いて、マジェスティーが姿を見せた。
「じぃじ」
 煌が手を伸ばすと、マジェスティーは緊張の糸が緩んだように微笑み、技芸から小さな孫を抱き受ける。
「煌、また少し大きくなったね。・・・どんどん、朱煌に似てきた・・・」
 ふと溢れた涙を、煌が小さな手で触れた。
「じぃじ、いたいいたい?」
「大丈夫だよ、煌。じぃじは、ばぁばとお話してくるね」
 煌を床に下ろし、マジェスティーは朱煌のベッドの脇に座ると、そっと頬に口づけて髪を撫でた。
「・・・苦しかったろう、朱煌。ごめん、ごめんなぁ・・・」
 こんな状態で生き長らえさせても、あの炎の中に居続けさせるのと同じだと、ここにいる誰もが思っていた。
 それでも生きていて欲しかった。
 だが、それも限界。
 日に日に弱まっていく心拍数。
 下がり続ける体温。
 いくら堕天使の血を投与しても、もうそれらが持ち返す兆候は見られなかった。
 一同を見渡したアイフェンが、朱煌の呼吸器を外した。
 黒荻が、延命装置の電源を切っていく。
「じぃじ? ばぁば、いたいいたいの?」
 煌が必死でベッドを覗きこもうとしているので、マジェスティーがその小さな体を膝の上に抱き上げた。
「うん、ばぁば、痛い痛いだからね。バイバイするの」
「いたいいたい、とんでけ~って?」
「ああ、そうだね。痛いの痛いの、飛んでけって」
 煌がマジェスティーの腕の中からすり抜けてベッドの上に乗ったのを、アイフェンが慌てて抱き上げようとした、その時。
 煌が発した金色のオーラが、朱煌の体を包み込んでいった。
「ばぁば、いたいいたい、とんでけ」
「煌、やめなさい。ばぁばを静かに寝かせてあげ・・・」
 たった二歳の娘の金色のオーラに手が弾かれて、抱き上げることすらできない。
 刹那、アイフェンは呆然とオーラに包まれた朱煌を見つめた。
「・・・嘘だろ。なんで・・・」
 朱煌の顔から、ケロイドが消えていく。
 堕天使の血で活性化した若々しい顔に見る見る血色が戻り、深く息を吸ったかと思うと、その目が開いた。
 それどころかベッドから体を起し、そこに集まった一同を見渡したのである。
 体中のヤケドに張り付いていた包帯が緩み、スルスルとほどけ落ちると、滑らかな肌が現れた。
「あ、き、ら・・・」
 マジェスティーの手が、恐る恐る朱煌に伸びた。
 指先に触れた頬に感じるぬくもり。
「あのさぁ、尿道カテーテルと便パウチ、外してい~い?」
 あっけらかんとした朱煌の第一声に、抱きしめようとしたマジェスティーの手が止まった。
「は?」
「いやもう、パウチはともかくカテーテルだと、なんかこう、出した感なくてさ~」
 言うなり、朱煌はシーツの下でもそもそと手を動かして、それらを取り払うと、ポイと黒荻に投げ渡した。
 一同が唖然とする中、ヒョイとベッドを降りた朱煌が、よろめいてマジェスティーの胸元に倒れ込む。
「朱煌!」
「ありゃ。長いこと寝たきりだったから、筋力なくなっちゃってるわ」
「~~~朱煌、お前ねぇ・・・」
 脱力気味のマジェスティーに睨まれてベッドに戻された朱煌は、頭を掻いて天井を仰いだ。
「・・・だって、みんなして真剣に泣きそうで、照れ臭いんだもん」
「この・・・バカ」
 泣く準備しかしていなかった一同の間に、次第に笑いがこぼれ始める。
 一際大きな声で、年老いた褐色の体を揺さぶって笑うクロス。
 レーヌと瞳子、朱煌の二人の母親は、泣き笑いで抱き合っている。
 黒荻は苦笑を浮かべつつ、目頭を押さえていた。
 訳がわからないまでも、みんなが嬉しそうなのでベッドで飛び跳ねる煌。
 そんな煌を抱き上げて、アイフェンはすっかり力が抜けたように、放心して壁にもたれていた技芸の傍らに立った。
「・・・改めて礼を言うよ。ぎぃ、お前のお陰だ。ありがとう」
「でも・・・、でも、どうして? 堕天使には、人類のあんな重傷者は治せないのに・・・」
 アイフェンの腕の中で、下に下ろせとむずがっている小さな煌。
「わかった、わかった。はい、どうぞ」
 床に下ろされた煌が、喜びに沸く輪の中に戻っていくのを見つめて、アイフェンは先ほどあの娘のオーラに弾かれた手に目を落とした。
「確証はない。けれど恐らく、あの子が純血種の二世堕天使だからじゃないだろうか」
 過去で生き、年齢を重ねたアイフェンと技芸を除けば、堕天使の本来の最年長者はまだ二十歳。
 堕天使同士で子を生したのは、今だ彼らだけだ。
 だから、何のデータもない。
 しかし、あの瞬間の力は、間違いなく両親を凌ぐものだった。
「参ったね。こりゃあ、躾けに一苦労しそうだ。煌なんて、名付けなきゃ良かった・・・」
 めでたしめでたし・・・とはいかなさそうな先行きに、アイフェンは苦笑を禁じ得なかった。


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