ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀12

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 技芸の運転するジープに揺られる三人は、一様に押し黙っていた。
「アンジェラ総領とドクター黒荻には、私からすべての事情は説明してあるわ。陛下と多聞の連合軍帰還は、滞りなく行われる。現在の連合の同盟領侵攻作戦の戦況は、陛下の旗艦が撃破されたことにより、連合軍に混迷を生じ、両軍共に一旦引き、静観状態。同盟軍が一気に攻勢に転じなかったのは、陛下とアンタが過去へ飛んだ事情を知る、アンジェラ総領の采配よ」
 沈黙のジープの空気に耐えかねて、一人喋り続けていたフェンこと技芸が、助手席に座るアイフェンに囁いた。
「ねえ、なんか、空気が重いんだけど・・・」
 腕組みのアイフェンは、ジロリと一瞥をくれただけで、何も答えなかった。
 不貞腐れた技芸が操るジープが、ラ・ヴィアン・ローズ司令部に到着すると、黒荻が駐車場のある裏口に立っていた。
 やっとの郷愁。
 アイフェンはジープを飛び降りると、養父・黒荻が広げた両手の中に体を預ける。
「義父さん・・・」
「・・・奇妙な気分だ。つい昨日、出撃を見送った息子が、今じゃ俺より年上だって?」
 堕天使の血の影響で、今だ若々しいアイフェンを掻き抱き、黒荻が言った。
 そして、彼は片手をアイフェンの目元にかざして苦笑を浮かべる。
「そうだ、この顔は、ドクター・アイフェンだ・・・」
「嫌だよ、義父さんは、凰って呼んでくれなきゃ・・・」
「ああ、そうだな。おかえり、凰」
 堕天使の証である金色の瞳から、涙がこぼれた。
「~~~ただいま、義父さん」
 狂気をはらんだ目で、自分を置いてラ・ヴィアン・ローズを出ていった実父・高城と敵対してきた間、ずっと、自分を我が子同然に育ててくれた人。
 久しくそのぬくもりを感じ、アイフェンは止まらない涙を流れるままに放っておいた。
 そんな実の息子を、苦っぽい面持ちで眺めていたマジェスティー。
 彼がジープを降りると、黒荻はアイフェンの肩をポンポンと叩き、そっと体を離してマジェスティーに歩み寄った。
「善さん・・・」
「ん、久しぶりだな、刃」
 朱煌を間に、ずっと親友であり、ライバルだったことすらある。
 連合軍に寝返ろうとする狂気にまみれたマジェスティー、いや、高城を、必死で止めようとした男。
 二人はあの日以来、十二年ぶりの硬い握手を交わした。
 ただし、マジェスティーからすれば、数十年ぶりの握手であるが。
 黒荻は、最後にジープを降りた多聞を見て、苦笑気味にアイフェンとマジェスティーを司令部内に誘った。
「連合軍のパイロットスーツは、ここではまずい。裏口からで申し訳ないが、中に」
 人目をはばかって通された応接室でアイフェンは、マジェスティーと多聞と目配せを交わして頷く。
 代表で口を開いたのは、アイフェンだった。
「義父さん、積もる話はあるが、しばらく待っててくれ」
 言うが早いか、アイフェンが一緒についてきていた技芸の腕を掴み、マジェスティーと多聞の前に押し出すと、彼もまた、彼女を取り囲む陣営の一人に加わった。
 黒荻が閉じたドアにもたれて苦笑しつつ、成り行きに任せている。
「な、な、なに!?」
 裁判所の被告席に立たされたような技芸が、仁王立ちで自分を睨み据える三人を見上げた。
「お互い相談はしなかったが、全員、お前の処遇に意見一致だ」
 口を開いたのはアイフェンだった。
「しょ、処遇って、まさか・・・」
 冷や汗をにじませる技芸が、恐る恐るお尻に手を回した。
「当然だろう。俺たちが、どれだけ心配したと思ってる」
「じょ、冗談でしょ! あれから何年経ったと思ってるの!? 十九年だよ、十九年! 私、もう三十一の大人よ!?」
 技芸の必死の訴えに、三人は再び顔を見合わせて、失笑した。
「ほお、大人、ねぇ」
「あれから十九年の歳月が流れているのは、自分だけだと、判断もできないのに?」
「手を振り払ったお前を、置き去りにしてしまったという思いを抱えた俺たちには、つい、さっきの出来事だぞ」
 刹那、脱兎のごとく逃げ出した技芸は、ドアにもたれる黒荻にすがった。
「どいて、ドクター黒荻!」
「・・・すまん、フェン。君から事情を聞いた時、こうなるんじゃないかなぁと、予想はしていたんだ」
 黒荻が浮かべた苦笑いに技芸が顔色を失い、恐る恐る、背後に待ち構える三人を振り返った。
「~~~い、いやぁあああああ!」



 亡き紅蓮朱雀の秘蔵っ子という、日本刀を操る美しい女戦士がいるという噂は、凰がラ・ヴィアン・ローズに入隊する前から耳にはしていた。
 正直、気に入らなかった。
 地球規模の戦場を数多飛び回り、月に数回会えるかどうかの母・朱煌と、ずっと行動を共にしてきた女。
 そんな女を、一度身近で見てみたかった。
 彼女の名は、鳳(フェン)大尉。
 下士官の自分が、おいそれと近付ける相手ではない。
 初めて彼女を見たのは、同じ白兵戦部隊の所属となった初めての作戦会議。
 指揮官として上座で参謀の話を聞いている姿。
 母と同じ長く真っ直ぐな黒い髪。
 彼女のトレードマークである、深い蒼―あお―の柄の日本刀『蒼牙』を肩に立てかけるようにする仕草も、それを指揮棒代わりにモニターを指し示す素振りも、母と同じ。
 細かな仕草も似ているような気がする。
 それが余計に鼻についた。
 コピーだ。
 あの女、紅蓮朱雀を意識して真似ている。
 今に見ていろ。
 あのコピーの横に、紅蓮朱雀の血を受け継いだ自分が並び立ってやる。
 凰はがむしゃらに、母の形見の日本刀『紅蓮』を携え、武勲を勝ち取りにいった。
 そして、14歳の初陣から、わずか2年。
 若干16歳にして同じ大尉としてフェンと肩を並べ、紅蓮朱雀の息子として与えられた朱雀というコードネームが、堕天朱雀という異名で広まっていた。
 命をかけた戦場で共に過ごす内に、話す機会も増え、凰のフェンに対する感情が変化していく。
 フェンは紅蓮朱雀の外面を真似ているだけの、模造品であることを認めていたのだ。
「あの方のようにはなれない。なれようはずもない」
 そう言って、自分が如何に紅蓮朱雀を敬愛し尊敬しているか、熱く語り出すと止まらないほどだった。
 本来は茶色の髪を、紅蓮朱雀と同じ黒に染めているとも言った。
 自分の知らない母の側面を知るフェンの話は、最初の頃こそ聞いていて面白くなかったが、母を大好きだと言ってくれる彼女への気持ちは、徐々に軟化していく。
 プライベートも共にするようになっていった。
 十三も年上の彼女の子供っぽい部分が、愛らしく感じ始めた。
 出逢って一年も経った頃には、ラ・ヴィアン・ローズで公認の恋人同士となったが、彼女は年下の凰の気持ちを弄んでいるようにも思えた。
 凰が他の女性と関われば、手がつけられないくらい拗ねて妬くくせに、いざ恋人として扱えば、二言目にはこう言った。
「――――『今のあなた』は、守備範囲外よ」
 とにかく悔しくて、年齢は追いつけないから、階級だけでも追い越してやった。
 これで、任務中は上に立てたが、プライベートでは変わらなかった。



 ――――守備範囲外。
 心当たりのある言葉。
「~~~フェン、いや、ぎぃ。お前、まさか俺にそれをやり返したくて、過去に残ったんじゃあるまいな」
 マジェスティーと多聞に立て続けに引っ叩かれて、ズボン越しとはいえ十分にヒリヒリするお尻を擦っていた技芸の上目遣いを見下ろして、アイフェンは額を押さえてため息をついた。
 その時、黒荻のもたれるドアがノックされ、ラ・ヴィアン・ローズ総領アンジェラが彼らを呼んでいることが告げられた。
 ホッと胸を撫で下ろして戸口に向かおうとした技芸の手が、アイフェンに掴まれる。
「俺は佐官、お前は尉官。お互い、軍部最高責任者の話に関わる身分じゃないな」
 即ち、ここに二人きりで残されるという事実に、技芸は顔色を失ってマジェスティー達を見たが、彼らはさっさと部屋を出ていってしまった。
 無情に閉じられたドアから、そろそろとアイフェンに視線を移した技芸は、彼がソファに腰を下ろしたのを見て息を飲んだ。
「ち、違う!」
「何が」
「やり返したくてとか、そういうんじゃなくて・・・。あれはやり返すチャンスがたまたま巡ってきたから言っただけで・・・」
 アイフェンに睨まれて、技芸は亀の子よろしく首をすくめた。
「あれから激動の時代に突き進んでいく過去に、お前を置き去りにしてしまった俺たちの気持ち、わからんか」
「だから迎えに行ったじゃない! 無事だって、すぐわかれば・・・叱られるなんて、思わなかった・・・」
 心の底から力が抜ける。
 呆れてものが言えないとは、このことだ。
 こういう発想は、十二の頃とまるで変わってないではないか。
「・・・あれから、どうしたんだ」
「グランパ・・・クロスのとこに行ったの。とても驚いていたけど、家に置いてくれて」
「怒られただろ」
 コクンと頷いて、お尻を擦った技芸。
 クロスのやりようは、大体想像がつく。
 というか、クロスが技芸を置き去りにしたアイフェン達の気持ちを、察しないわけがない。
「それで、紅蓮朱雀閣下が復帰なさった年、私もラ・ヴィアン・ローズに入隊した」
「なんでまた・・・」
「お前達が話していた紅蓮朱雀に、興味があった。陛下があれほど愛した方を、見てみたくなった」
 余計なことを聞かせなければ良かったと、後悔する。
「閣下は、忠誠を尽くすのに、申し分のないお人柄であった。私は、閣下が大好きだ」
 それは知っている。
 二人きりの時間でも母の話ばかりのフェンを、もしや自分が紅蓮朱雀の息子だから、付き合っているのではないかと疑いたくなるほどだった。
「アイフェン・・・」
 技芸から、そしてフェンから、アイフェンと呼ばれたのは初めてだった。
「私は、過去から戻ったお前に、ちゃんと女として見てもらえる年齢になりたかった」
 確かに、あのまま一緒に戻れば、技芸は十二歳の子供のまま。
 アイフェンにとっては孫の様なものでしかあり得なかった。
 それが今、目の前にいるのは凰が惚れた女。
 奇妙な気分だ。
「・・・『今のあなたは』守備範囲外・・・か」
 追いつけないと思っていた年齢を、追い越してしまった。
 技芸はこのアイフェンをこそ、この十九年、ずっと待っていたのだろう。
 浅慮で短慮で、だからこそ、一途に。
 両手を広げて見せた。
 嬉しそうに顔をほころばせた技芸が、胸に飛び込んでくる。
「・・・技芸はコードネームだったな。フェンは本名か」
「うん」
「じゃ、フェンと呼べばいいかな」
 アイフェンの胸に顔を埋めていた技芸が、彼を見上げてしばらく考えていたが、小さく首を横に振った。
「技芸がいい・・・。お前に「ぎぃ」と呼ばれるの、好きだった」
「ん。じゃあ、ぎぃ・・・」
 強く抱きしめた技芸の腰にそっと手を回し、膝に腹這いに押さえ込むことは、容易だった。
「なんでーーー!?」
「それはそれ、これはこれだ」
「そんなぁ・・・あ!」
 軍服のズボンごと下着を下ろされ丸出しにされたお尻は、話に費やした時間ですっかり元通りだ。
「だと思った。これで、浅慮の猪突娘に、心置きなくお仕置きできるな」
「いやーーーん!」
 技芸を膝に乗せたアイフェンの表情は、かつて「オリンピック折檻」と呼ばれる彼が朱煌をこうして膝に乗せた時と、同じであった。
 


 すっかり真っ赤に腫れたお尻と技芸の泣きべそを見比べて、アイフェンはようやく膝から下ろしてやった。
 そして、技芸の足に引っ掛かったズボンと下着を元の役目に戻し、抱きすくめる。
「無事で良かった・・・。もう、心配させるなよ」
「過去に行ったり未来に行ったり、もうないでしょ。大丈夫」
 眩暈。
 そういう問題ではないというのに。
 もう少し説教してやろうかと口を開きかけた時、ドアがノックされ、黒荻が戻ってきた。
「義父さん、話し合いは・・・」
「ラ・ヴィアン・ローズですべて決定できる種類の内容ではないからな。今、同盟側に降伏を促す公文書の内容を煮詰めてるところだ」
 殊国家間の問題だ。一朝一夕には事は運ぶまい。
「なあ、義父さん。いつから知っていたんだ、フェンのこと」
「ん? ああ・・・」
 黒荻と技芸がチラリと視線を交わす。
 なるほど。これは昨日今日の話ではないようだ。
「義父さんも、人が悪いな。俺があの戦場で過去に飛ぶこと、知ってて送りだしたのか」
 再び目配せした黒荻と技芸が、頷いた。
「ちょっと来てくれ」
 黒荻に促され、戸惑うように立ち上がったアイフェンの手を、技芸が握って引っ張っていく。
 二人に連れてこられたのは、過去、アイフェンの住まいであった診療所だった。
 長年使われていなかったはずの診療所の中は、入ってすぐの診療室こそ朽ち果てかけていたが、奥に進むと、今でも人が住んでいる気配を感じる。
「ここだ」
 当時、入院設備として使用していた客間のドアをノックすると、少し掠れてはいるが、聞き覚えのある声が返事を返した。
 黒荻が開いたドアをくぐると、すっかり細り、背丈も小さく年老いた褐色の老人が、柔らかな微笑みを湛えて出迎えてくれた。
 「クロス・・・」
「無事帰れたんだな、良かったよ、アイフェン」
 彼は医療設備の整ったベッドの傍らに座っていた。
 そのベッドには、全身焼けただれたのであろう、痛々しく包帯で覆われた、男とも女ともつかない人間が横たわっている。
 だが長く伸びた黒髪が、かなり昔から、この人間がここで治療の時を送っていたことを証明していた。
 顔もかなり焼けたらしく、ケロイド化した皮膚で、人相も判別できない。
「――――あ・・・」
 短く声を漏らしたアイフェンが、一歩、また一歩、ベッドに近付き、横たわるその人間のケロイドの頬に触れた。
「母さん・・・」










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~ Comment ~

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最後ゾクッとしました!

毎回とても驚嘆しながら読まさせていただいています。
感想を書かせていただく機会がなく申し訳ありません。
でも、童 天様の文才に本当に感動しています。スパだけでなく物語の深さや登場人物の細かな描写が素晴らしく、スパのシーンがとても際立っていて、更新がすごく楽しみです。

これからも応援させていただきます!!




ラ・ヴァアン・ローズはもちろん、個人的に『仕置き館』大好きです☆

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