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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀11

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 翌日、マジェスティーが家に帰りたいと言い出した。
 未来に帰るまでの間、朱煌が育った家にいたいのだろう。
 その気持ちはわからなくもないし、アイフェンの思いも同様であったので、完治するまでの静養の場所はマジェスティー邸となった。
 もちろん、彼の臣下である多聞と技芸も、そこに住居を移す。
 この際であるから、アイフェンも姿を消す為に診療所の整理を始めることにした。
 BBC(血液黒色化腐敗症候群)が世界中に蔓延し始める頃には、本陣にはもっと大きな病院施設が建設されるので、この診療所はずっと空き家となるのだから、そこまできちんと整理していくこともないのだが、ここを懐かしみたい気持ちもあるのだろう。
 アイフェンは粗方の物を整理し終えて、ガランとした空間になった診療所内を、一部屋一部屋巡った。
 研究室。ここで、マジェスティーのBBCの為のワクチンを精製できないか、自分の血で実験を繰り返してきた。
 リビング。男同士で飲み明かしたいという、むさ苦しい宴の会場は、いつもここだった。
 朱煌に悟られないように開催されるので、後日、宴を知った朱煌が、よくムクれていたものだ。
 客間。負傷したラ・ヴィアン・ローズの傭兵や、その家族が病気をした時、ここを入院部屋として提供していた。
 キッチンとダイニング。アイフェンは、ほとんど自炊したことがない。
 マジェスティー一家が本陣にいる時は、彼らの家で一緒に食事していたし、彼らが不在の時は、独身貴族のアイフェンをクロスの細君デラや傭兵村の奥方達が心配して、食事を差し入れてくれていたからだ。
 デラなどは姉のようなものであるから、差し入れてくれた食事を食べながら、いつまで独身でいる気かと説教されて、弱ったものである。
 二間続きの自室。レーヌのお勉強の時間から逃げ出した朱煌の、緊急避難所と化していた。
 そこにレーヌが乗り込んでくれば、お仕置き部屋に早変わり。
 そんなことを思い出して、アイフェンはクスクスと笑ってしまった。
 笑いをおさめると、ゆっくり部屋を見渡す。
「お前の部屋って、本当に何もないな。何か、いつでも姿を消せるようにしてるみたいだ」
 朱煌が時々、そう言った。
 そんな時、アイフェンは黙って微笑み返すだけだった。
 診療所。ここで、幾人もの患者を診てきた。
 傭兵村で生まれた子供達は、ほとんどアイフェンがとり上げた。
 本陣に臨月の妊婦がいる時は、戦場に従軍しなかったこともある。
 そんな時は、「責任を感じるのは嫌だから、全員、無傷で帰って来い」と言って作戦に向かう傭兵たちを見送ると、彼らは大笑いして出発していった。
 過去の世界で、過ごしてきた「過去」。
 母の子供時代である、朱煌。
 自分より年下の父、マジェスティー。
 まだ年若い未来の養母、レーヌ。
 家族だったクロス家。
 そして、ラ・ヴィアン・ローズの仲間たち。
 生涯、大切だと思える時間。
 アイフェンは、もう戻ることのない診療所を出ると、静かにドアを閉じた。


 
 診療所から持って出た、数少ない荷物。
 ひとつは、BBCのワクチンケース。
 ひとつは、マジェスティーの日記。
 その日記を元の書棚に納めようと、マジェスティー邸に着いたアイフェンは、執務室を訪れた。
「ぎぃ? 何してる」
 書棚に手を伸ばして背伸びしていた技芸が、飛び上がらんばかりにギクリとして振り返った。
 見ると、届いていないはずの段にあった日記の一冊が、傾いて列からはみ出している。
「こら、ま~た力使ったね。悪い子だ」
 メッと顔をしかめると、技芸はお尻を押さえて上目遣いをアイフェンに向ける。
「ちょこっとだもん・・・。すぐ回復する」
「そういう問題じゃないの。ぎぃ、陛下がどうして日常で力を使うなって言うのか、わかってる?」
 覗き込んだ顔を見るに、わかってなさそうだ。
「あのね、手が届かないから力で。行きたい場所に力で。そんなことしてたら、手も足も、必要なくなっちゃう。脳だって、考えることをやめてしまう。それじゃ、生きてるってことにならないからだよ」
 技芸には、まだ難しいだろうか。
 だが、小さい内から懇々と教えておかなければ、いずれ、堕天使は心の無い人形へ退化してしまうだろう。
「ぎぃには、手も足もある。考える脳もある。手が届かないものを取ろうと考えて、工夫して、手足で行動して、それを取る。技芸にそうして欲しいから、陛下は力を使うことを禁じるんだよ」
「考えて・・・?」
 アイフェンが笑顔で頷くと、技芸はまず書棚を見上げ、キョロキョロ辺りを見回し、ソファの傍らにあったオットマンを運んできた。
 そして、そこに上り、手の届かなかった段に手を伸ばす。
「そうそう、そうやって・・・って、ちょっと待った」
 技芸が手に取るのを成功させた日記を取り上げる。
「人の日記を勝手に読んじゃダメでしょ」
 自分もこの前、提出させた以外の日記を読んだ手前、叱ることまではできないが。
「だってぇ・・・」
「だってじゃないの。陛下の娘も、これ読んで陛下からお仕置きされてたぞ。ぎぃも陛下にお仕置きされるか?」
「やだ・・・」
「じゃ、無い無い」
 書棚に戻された日記を、技芸が恨めしげに見上げている。
「なあ、朱雀。その娘のことがたくさん書かれてた。娘って、紅蓮朱雀のことなんだろう?」
「・・・ああ、そうだよ」
 自分が持ってきた日記も、書棚へ戻しながら、アイフェンが言った。
「すごい戦士だったと聞き及んでいる。紅蓮朱雀が生きていたら、連合と同盟の戦局は逆だったと。でも、読んでいたら、そんな風に感じなかった」
 アイフェンが苦笑した。
 彼はこの日記をすべて読んではいないが、それはそうだろうと思ったからだ。
 戦場でも無茶をせず、しっかりしてきた頃の朱煌は、マジェスティーが率いる部隊とは別行動が多かった。
 必然的に、日記に書かれる朱煌は、本陣で生活する「煌」の方が圧倒的に多いだろうことの、予想はつく。
 やんちゃで悪戯で、人に心配かけるようなことばかり仕出かしていた朱煌を文章だけで知れば、技芸の感想ももっともだ。
「私の方がしっかりしてる」
 してない、してない。
 アイフェンはクスクス笑って、技芸をオットマンから抱き下ろし、頭を撫でた。
 わざと悪戯を仕出かす朱煌。
 悪気がないだけに手の焼ける技芸。
 どちらも保護者が頭を痛めることに、変わりない。
「紅蓮朱雀のことが知りたいなら、陛下に直接聞きなさい。きっと喜んで話してくれるよ」
 技芸の手を引いて、アイフェンはマジェスティーの寝室に歩き始めた。
「な、なあ、朱雀。あの・・・」
「日記を読んじゃったことは、内緒にしてあげるから、心配しないの」
 ホッとする技芸に、少しだけ顔をしかめて見せる。
「だから、もうしちゃダメだよ」
 コクンと頷いた技芸の髪をクシャクシャ撫でて、寝室のドアをノックする。
 ドアを開けると、ベッドから上体を起こしたマジェスティーが見舞いにきていたクロスと、談笑しているところだった。
 彼らの傍らに控えていた多聞が、入ってきた技芸を見て、少し眉をひそめる。
 多聞の姿を見止めた技芸が、「また力を使いました」と顔に書いてあるような表情をするからだ。
 ツカツカと歩み寄ってきた多聞から逃げるように、技芸がアイフェンの背後に隠れた。
「技芸、さてはまた・・・」
「もう叱ったから、これ以上は無用だ、多聞」
「・・・本当かぁ?」
 明らかな疑いの眼差しに、アイフェンは苦笑してしまった。
「大体、お前はどうしてそう・・・」
「甘いんだよ」
 アイフェンたちのやりとりを眺めていたマジェスティーとクロスが、声を揃えてそう言うと、顔を見合わせて笑った。
「懐かしいなぁ」
「ああ、何度アイフェンに言ったかな、このセリフ」
 多聞が肩をすくめて追究を断念し、アイフェンは苦笑を深めてベッドまで歩を進めた。
「ぎぃ、わざわざ聞かなくても、ここにいれば、紅蓮朱雀・・・いや、朱煌の話ばかり出てくるよ」
「なんだ、技芸。朱煌のことが聞きたいのか?」
 マジェスティーが微笑む。
「そうかそうか、じゃ、ここにおいで。まだまだ、昔話はたくさんあるぞ」
 クロスが技芸を膝に座らせた。
 アイフェンも椅子を引き寄せて座ると、その輪に混じる。
 朱煌のことを語らう彼らは、時間を忘れてしまうほどだった。
 クロスの細君デラが、呆れたように夫を迎えに来て、まだ全員が食事していない事実を知ると、ぷりぷりと怒りながらも、夕食の支度をしてくれた。
 この夕飯を一緒にして解散したが、こんな日が、出発の日まで毎日続いたのだった。



「じゃあ、元気でな」
 クロスに差し出された手を硬く握り返したアイフェンは、ふと口を開いた。
「ああ。・・・クロス、俺の記憶じゃ、アンタは・・・」
「言わんでいい。先を知ってる人生なんぞ、望んでない。この先、俺が死んでいようと、ヨボヨボのじいさんになって生きていようともな」
「・・・そうか。そうだな」
 自嘲めいた表情を浮かべたアイフェンの髪を、クロスがクシャクシャと撫でる。
 そして、次いで青いパイロットスーツに身を包んだ多聞と技芸を従えたマジェスティーに目をやる。
「向うでしっかり自分の役目を果たせ。姫さまが望んだ平和な世界を、作り上げるんだぞ。元気でいろよ、息子よ」
 久しぶりに強く抱きしめられて、マジェスティーはそっと目をつむった。
「今まで長い間、ありがとう、父さん」
「ああ、お前も、俺の息子でいてくれて、ありがとう」
 クロスに見送られ、四人はジープで出発ポイントまで移動。
 人が行き交う地域から、数十キロ離れた少し高台になったポイントに到着すると、アイフェンはジープを降りて本陣を見渡した。
 その傍らに、マジェスティーも立つ。
「・・・ずっと、ここが帰る場所だった」
 アイフェンの呟きに、マジェスティーが静かに頷く。
「未来のラ・ヴィアン・ローズに帰っても、もうそこは、ここじゃないんだな」
 不思議なものだ。
 この過去に飛ばされてしばらくは、未来のラ・ヴィアン・ローズ本陣が懐かしくて仕方なかった。
 それがいつしか、過去で営む生活こそが当然のものとなり、未来へ「帰る」というより、「行く」という感覚が芽生えている。
 今度はあっちで、この過去のラ・ヴィアン・ローズを懐かしむのだろう。
「陛下、朱雀」
 多聞に呼ばれて振り返った二人は、顔を見合わせて、力強く頷いた。
「その前に、ジェス、最後のワクチンを投与しておくぞ。時間を超える影響で、発作が起きないと限らない」
 急に怯えた子犬の様な目をしたマジェスティーに、アイフェンが苦笑してジープからワクチンケースを取り出した。
「安心しろ。もう薬をもたせる必要もない。通常の静脈注射だ」
 心の底からホッとした表情を見せたマジェスティーが、少々可哀想に思えた。
 この四十年余り、年に一度とはいえ、彼がどれだけワクチン投与の苦痛に慄いていたのか、思い知らされる。
「未来で、高濃度ワクチンを投与して、BBCを完全治癒するんだぞ」
「だが、高濃度ワクチンは数が少ない。少しでも多く国民に支給した方が・・・」
「主君たるお前が健康で長生きしなきゃ、そういう政策の舵を誰が取る!」
 アイフェンにこうやって叱られると、マジェスティーは子供時代の条件反射で首をすくめた。
「わかったよ・・・、約束するから、怒るな」
「よろしい」
「・・・俺、父親なのに・・・」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
 拗ねているマジェスティーの腕に最後のワクチンを投与し、空になったアンプルを、高台から投げ捨てた。
「では、出発だ。多聞はジェスを。俺は技芸を補助する。再度確認。着地イメージポイントは、今より19年後の、西暦2019年9月4日の16時」
 アイフェンの指示通り、多聞がマジェスティーの腰に、恭しく片手を回す。
 アイフェンが、技芸を抱き上げた。
「多聞」
「ああ」
 お互い短く交わした言葉。
 二人の体から発した金色に揺らめくオーラが交わり、その輝きを強めてマジェスティーと技芸を包みこんでいく。
「ぎぃ、お前も力を開放しなさい」
「・・・散々、力を使うなと叱ったくせに」
「ばか。今この瞬間の為だろ?」
 金のオーラの輝きが増す。
 アイフェンと多聞の力は、もうすぐ最高値に達するのだ。
「ぎぃ! 早くしなさい! 俺たちの力にリンクしなきゃ、お前まで連れていけない!」
「じゃあ、置いていけ」
 アイフェンの腕を振りほどき、彼らから離れた技芸の体がぼやけていく。
 違う。
 自分たちが消えようとしているのだ。
「――――ぎぃ!!」
 伸ばした手に、技芸がそっぽを向いた。
「朱雀! 集中しろ!」
 多聞の叱咤が飛ぶ。
「~~~畜生!!」
 金色の光に包まれて消えていくアイフェンたちを、技芸が眺めている。
 次の瞬間、目に飛び込んできた空が一変した。
 青かった空が、どんよりと薄暗い。
 足元は同じ高台。
 眼下に見えるラ・ヴィアン・ローズ本陣。
 だが、先ほど眺めた本陣と様相が違うのが見て取れる。
 間違いなく、未来に戻れた。
 だが、重苦しい空気が三人の間に漂う。
 そう、ここにいるのは、三人だけ。
「あの・・・バカ!」
 苦々しげにアイフェンが呻いた。
 多聞もさすがに心痛な面持ちで、唇を噛みしめている。
 マジェスティーも両手で顔を覆い、力なくその場に跪いていた。
 ふと耳を澄ます。
 こちらに向かって走ってくる、ジープのエンジン音が聞こえる。
 まずい、おそらくあの積乱雲が上空に発生したのだろう。
 その調査に、ラ・ヴィアン・ローズの兵士が調査にきたのかもしれない。
 自分はともかく、アースルーラーであるマジェスティーと、連合のパイロットスーツを着た多聞が見つかると、話がややこしくなる。
「二人とも、そこの林に隠れろ。俺がやり過ごす」
 マジェスティーと多聞が林に身をひそめた時、一台のジープがアイフェンの傍で止まり、ラ・ヴィアン・ローズの軍服を着た女性が降りた。
「――――おかえり、凰」
 長い黒髪をすっきりと結い上げた美女は、その黒い瞳にニヤリと笑みを湛える。
「フェン!?」
 彼女こそ、アイフェンの偽名の元となった恋人、鳳(フェン)だった。
「陛下と多聞は? まさか、失敗して、アンタだけ戻ったんじゃないでしょうね」
「フェン・・・、何を言って・・・」
「やぁね、まだわかんないの?」
 フェンが目をつむり、再び開いた時、その瞳は金色をしていた。
 金色の瞳。それは、堕天使の証。
「~~~ぎ、技芸!?」
 アイフェンが張り上げた素っ頓狂な声に、すっかり大人の女に成長した技芸は、小粋に片目をつむって見せた。 







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