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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀10

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泣き疲れて眠ってしまった技芸を、ベッドに寝かせてやったアイフェンは、赤く熱を帯びた手の平を振って冷ましている多聞を、苦っぽく振り返った。
「あんなに叱らなくても・・・」
 ジロリと睨まれて、口をつぐむ。
 あんなに技芸が叱られるなら、多聞にマジェスティー邸でのことは掻い摘んで話せばよかった。
「座れ」
 ソファを顎で指し示されて、アイフェンは宙を仰いでため息をつく。
 今度は自分が多聞に怒られる番らしい。
「どうしてお前の傷を力で治すことを許した」
「すまない。俺の判断ミスだった」
「いくら重傷だろうと、堕天使のお前なら数日もすれば治った。技芸はまだ思慮の浅い子供なんだ。そんなキッカケを与えてしまったら、簡単に力を使うようになるぞ。アレはアレ、ソレはソレと割り切って物事を考えられないんだ」
「わかってるよ」
「いいや、わかってない。私たちは、未来に帰るのだぞ」
「だから、わかって・・・」
 アイフェンはふと言葉を切って、多聞を見た。
「・・・お前が怒っているのは、技芸が俺を庇ったこと、か?」
 多聞がゆっくりと、だが、ハッキリと頷く。
「良いか、我らは今、確かに休戦協定を結んでいる。未来へ戻る為の仲間というのも、間違いではない。だが、仲間というのは慣れ合うことではない」
 未来に戻れば、待っているのは同盟軍と連合軍の戦い。
 アイフェンは同盟軍の人間であり、彼らは連合軍の人間なのだ。
「最近、技芸がお前になついているのが、気になっていてな。このまま未来へ戻れば、技芸はお前のいる同盟軍と戦えなくなる」
「多聞、それなんだが・・・」
「単刀直入に言おう。技芸に関わるな」
 アイフェンが口を開きかけた時、診療室の方で大きな物音がした。
「アイフェン! アイフェン!」
 クロスの声だ。
 聞いたことがないほど上ずった声に、いささか嫌な予感を覚えて立ち上がる。
「多聞、俺にも思うところがある。また後で話そう」
 そう言い残し、アイフェンは足早に診療室に向かった。
 診療室の戸口には、血まみれのマジェスティーを抱えたクロスが、狼狽した様子で立っていた。
「すまない、俺の手落ちだ。紅蓮を片付けておかなかったから・・・」
 その言葉で、マジェスティーが紅蓮で自刃を計ったのがわかる。
「隣の手術室に運んでくれ」
「堕天使とやらの力で、早く治してやってくれ! 頼む!」
「早く、ジェスを手術室に」
 手早く術衣に着替えたアイフェンは、手を消毒しながら、クロスを振り返った。
「堕天使の治癒能力は、もともと治癒速度の早い堕天使同士でなければ、日にち薬で治る程度のものしか治せないんだ。今のジェスには、通常の外科手術しかない。だから、急いでくれ」
 抱いているマジェスティーを呆然と見つめたクロス。
 だが、彼は現役のラ・ヴィアン・ローズ戦士。
 すぐに思考を切り替えたらしく、彼を奥の手術室に運び込むと、手術台に寝かせた。
「輸血量はここのストックじゃ足りない。俺の血を輸血しながら手術にかかる」
 アイフェンはそう言いながら、自分の腕に針を打ちこみテープで固定すると、そこから伸びる管を直接、マジェスティーに繋いだ輸血機材に装着した。
「できるのか、そんな・・・」
「これが堕天使だ。抜かれた血がすぐに再生産される」
 だから、狩られた堕天使達は、毎日大量の血を抜かれ続けた。
「クロス、手を消毒してきてくれ。機械出しを頼む」
 アイフェンは医師免許など持っていないが、ラ・ヴィアン・ローズの従軍医師として戦場に随行する内に、物資の少ない外科手術の腕はメキメキと上がり、正式に免許を持ってさえいれば、今や誰しもが認める名医だった。
 養父の黒荻が同じように、ラ・ヴィアン・ローズの従軍医師を務めていた影響であるが、彼自身、自分が父や母の様な戦場の将に向いていないことを、よくわかっていた。
 未来に戻ったら、黒荻のような医者になりたいと、ずっと思っていたのである。
 出来得ることなら、平和な未来で。



 クロスを見送ったアイフェンは、コーヒーを片手に、客間を入院部屋代わりに眠るマジェスティーの傍らに座った。
「陛下のご容体は?」
 やってきた多聞に席を譲り、彼の分のコーヒーを淹れる。
「大丈夫だ。バイタルも安定してる。全治一ヶ月ってとこだな。技芸には?」
「何も言っていない。陛下負傷などと知ったら、また力で治そうとするだろうからな」
「人類の縫合跡程度の傷は治せても、皮下の細胞組織までは治せないからな。力の無駄遣いだ」
 差し出したコーヒーを、多聞がいささか乱暴に奪い取った。
「数日で治る堕天使の傷を治すのだって、十分無駄遣いだ」
 ジロリと睨まれ、アイフェンは目線を泳がせて肩をすくめる。
 あの時は正直、必死で自分を庇ってくれた技芸の姿が嬉しくて、つい了承してしまった。
 こんなことを言ったら、この同い年の年下に、どれだけ説教を喰らうか。
「まあ、隠し遂せられることでもないし、技芸から目を離すなよ」
「技芸のことで指図は無用だ」
 堅物の頑固者に宙を仰いで吐息をついたアイフェンは、痛みに呻いたマジェスティーの汗をタオルで拭ってやった。
「うん?」
「どうした、陛下のご容体に変化が?」
「いや・・・。顔色が戻ってきたせいかな、ジェスの顔、妙に張りが出てきた気がして・・・」
 多聞が鼻で笑った。
「堕天使の血が大量に入ったからだ。知らなかったのか、同盟軍の坊ちゃん堕天使」
 皮肉な言い回しに、思わず鼻白む。
「どういうことだ」
「堕天使の血は、人体のあらゆる組織を活性化させる成分を持ってる。だから、権力者や富裕層に、若返りの妙薬として流通していたのだぞ」
「そんな・・・! 堕天使の人数が少ない上に、そんなことに転用していたら・・・」
「そう。だから、BBCを完治させられる精製の難しい高濃度ワクチンは希少価値と呼ばれ、一般民間人には希釈型ワクチンもなかなか行き渡らない。陛下はそれをお知りになって、連合の上層部を処断なさり、堕天使の血をすべてワクチン精製し、希釈型ワクチンだけでも、広く国民に支給された」
 だから、冷酷王と呼ばれながらも、マジェスティー・・・いや、高城は自国民から高い支持を得ているのか。
 同盟軍側には、いまだに希釈型ワクチンを支給されず、BBCで死んでいく民間人がいる。
 おそらく、上層部では旧連合上層部と同じことが行なわれているのだろう。
「陛下は連合国に・・・いや、地球に必要なお方だ。救ってくれて、礼を言う」
「・・・俺は、こいつが同盟にも必要な男だから、助けただけだ」
「なんだ、坊ちゃんと言われてヘソを曲げたか?」
「こいつを未来に帰す。そして、同盟と和平を結んでもらう」
 多聞が空になったコーヒーカップをアイフェンに押し付けた。
 そして、椅子から立ち上がると、恭しく床に跪く。
「・・・余に、同盟を許せというのか、堕天朱雀」
 マジェスティーが目を覚ましたのだった。
 天井を見つめ、腹を擦り、自分が生きていることに、自嘲を漏らしているようだ。
「ああ、そうだ、許せ。母さんがどうしてあんなに懸命に戦っていたのか、知らないわけじゃないだろう」
 大戦の英雄の名を欲しいままにするほどに、朱煌は戦いに明け暮れ、戦術に骨身を削って奔走し続けていた。
 それは偏に・・・。
「一日も早い終戦を、望んでいたからだ・・・」
 天井を見つめたまま、マジェスティーが呟いた。
 その頬に、涙が伝う。
「ラ・ヴィアン・ローズはあくまで傭兵。雇い主の意向を重視し、政治や戦略には介入しない。俺が・・・ラ・ヴィアン・ローズ総領たるマジェスティー・C・アースルーラーが、総領姫・紅蓮朱雀にそう教えてきた。だから、あいつは・・・戦術面で勝ち続けるしか、手段がなかった・・・」
 夫・高城という立場で見ていた紅蓮朱雀の朱煌。
 雇い主たる同盟軍に、言いたいこと、主張したいことが山とあったのに、それを押し殺し、ただ勝って、勝って、勝って・・・連合軍の降伏を待って。
 結果、同盟領の民間人から、長引く戦争への怒りを一身に受ける形で、焼き殺された。
 教え込まれたラ・ヴィアン・ローズの立ち位置を順守し、それが朱煌を殺した。
 いっそ、同盟そのものの長に立っていれば、あの大戦はもっと早く終わっていただろうに。
 紅蓮朱雀の力量は、戦術のみにあらず。
 戦略そのものを操ってこそ、その輝きを最大限に発揮する器であったのに。
「どこまでも俺が、朱煌を殺す・・・」
 苦々しげに呻いたマジェスティーの頬を、アイフェンがピシャリとぶった。
「だからだ! だから、せめて! 母さんの望みを、叶えてやってくれよ」
 頬を打たれ、初めて天井から視線を外してアイフェンを見たマジェスティーは、彼の涙を頬に受けた。
「それにさぁ・・・、俺、また、父さんと・・・、戦い続けなきゃいけないのか? その上、大事な弟になったお前と? 勘弁、してくれよ・・・」
 堕天朱雀。紅蓮朱雀の雛鳥後継者という、酷評。
 それが的を射ていたから、若かりしアイフェンは憤った。
 紅蓮朱雀にできることが、堕天朱雀にはできない。
 いくら戦いの才能だけ受け継いでいても、母・紅蓮朱雀のように、鉄面皮になりきれない。
 将の器がない。
 それがわかっていたから、軽薄だの冗談が服を着て歩いていると言われるスタンスを、貫いてきた。
 朱雀の後継者などと、呼ばれたくなかった。
「頼むよ、父さん・・・、俺はもう、戦いたくないんだ・・・」
 ベッドから伸びた手が、アイフェンの髪に触れた。
 自分の頭を撫でるマジェスティーの表情が、父・高城であったのか、弟のマジェスティーであったのか、涙でかすんだアイフェンの目には、判別できなかった。



 敬愛する主君の御意を受けた多聞は、以降、アイフェンが技芸に接することを拒むことはなくなったかというと、そうでもなかった。
 まあ、「関わるな」とまでは言わないまでも、技芸がアイフェンの傍にいると、機嫌が悪い。
「お前、もしかして妬いてるのか」
 ニヤニヤと多聞を覗き込むと、彼が本気で怒るから、実に面白い。
「安心しろよ。見た目は若くても、俺はもう六十のじいさんだぜ。十二の子供と、どうこうなるわけないだろ」
「しつこいぞ! そういうのではないと、言っているだろう!」
「はいはい、技芸は可愛い妹分ってだけだもんなぁ」
 わざとらしく、技芸を抱き寄せて頭を撫でて見せると、歯ぎしりせんばかりの多聞の表情が、また何とも愉快、愉快。
 クスクス笑って多聞を眺めていたアイフェンは、じっと自分を見上げる技芸の視線に気付いて微笑んだ。
「何?」
「・・・守備範囲外というやつか?」
 脱力。
「ぎぃちゃん、どこでそんな言葉を覚えてきたの。――――痛い!」
 久々に思い切り蹴られた脛を抱えてうずくまる。
「ぎぃ、ダメでしょ。こういうことしたら」
 技芸はプイとそっぽを向いて、部屋を駆け出して行ってしまった。
「何怒ってるんだ、あいつ」
「好きな男に対象外と言われれば、そりゃ怒るだろう」
 多聞が呆れたように肩をすくめると、アイフェンが目を瞬いた。
「お前はこっちで四十年余り過ごしてきたかもしれないが、技芸にとっては、ついこの間まで数個しか年の違わない若者だったんだぞ。関係が近しくなった今、三十そこそこにしか見えないお前に惚れたところで、不思議ない」
「~~~参ったな」
 アイフェンは苦笑して頭を掻いた。
 孫のような気分で可愛がっていただけなのだが、それがそんな感情を技芸に芽生えさせてしまうとは。
「慣れ合うからだ」
 耳が痛い。
「そもそも配慮が足らんのだ。お前の四十数年と、技芸の数日が、ここで並び立っていることを、ちゃんと考えて・・・」
「あ、陛下の回診のお時間だ」
 そそくさと逃げ出したアイフェンを、まだまだ言い足りない様子の多聞が睨む。
「お前もぎぃを一人にしといちゃまずいだろ。お互いの役目を果たすべし」
 戸口でヒラヒラと手を振ると、多聞がテーブルを叩いたので、慌ててドアを閉める。
「おー、怖」
 大仰に肩をすくめたアイフェンは、ともあれマジェスティーの回診の為、客間に足を運んだ。 
 ドアを開けると、ベッドから体を起しているマジェスティーに、顔をしかめる。
「安静にしてなきゃ駄目だろ。傷が開いても知らんぞ」
「その傷なんだが・・・」
 マジェスティーが寝間着をはだけ、見せられた腹にアイフェンは目を丸くした。
 痛々しかった縫合傷が、跡形もない。
「さっきまで眠っていても疼いてた痛みが、今起きたらなくなっていて、おかしいなと思って見たら・・・治ってた」
「どういうことだ? まさか、堕天使の血が入ったから・・・」
「いや、そんな事例は聞いたことがない。堕天使の血を不老の妙薬として輸血した旧連合の上層部共を、数日かけて拷問にかけてやったが、堕天使のような回復力は見られなかった」
 冷酷なことを、優しい顔でサラリと言ったな、この男。
「ん? さっき?」
 さっきと言えば、技芸が飛び出していって、多聞の目が届かなかった時だ。
「ぅわーーーん! だってぇ! あーーーん! 痛い~~~!」
 漏れ聞こえてきた技芸の泣き声と、ピシャピシャと濡れ手拭いをはたくような音に、アイフェンは痛む額を押さえた。
 この近い音は、どうも廊下で執行中らしい。
 マジェスティーも事態を飲み込み、苦笑を隠せない様子。
「だってぇ! だってぇ! 朱雀がいいって言ったぁ!」
 言ってない言ってない。
 そんな言い分を主張されたら、またアイフェンが多聞に長々説教を喰らうではないか。
「とにかく、表面の縫合傷が治っているだけで、皮下組織は完治したわけじゃない。安静にしてろ」
 技芸の泣き声をBGMに、アイフェンはマジェスティーをベッドに横たわらせ、シーツを掛けてやった。
「なあ、アイフェン・・・いや、朱雀・・・いや、凰・・・」
 アイフェンは頭を掻いて、ベッドの傍らの椅子に腰を下ろした。
「なんだね、ジェス、いや、アースルーラー高城、いや、父さん」
 お互いに顔を見合わせて、苦笑。
「困るよなぁ、こういうの」
 兄弟として過ごした数十年。
 敵対した十数年。
 親子として過ごした、数年。
 どれも、偽りでない年月だった。
「提案だ。お互い、母さんを・・・いや、朱煌を間に挟んで、一番充実していた時期の関係を、これから継続していかないか?」
 アイフェンが言うと、マジェスティーが少し拗ねたような表情を浮かべた。
「ずるいぞ、それ。お前が生まれて、すぐ戦争で、家族三人を充実させる時間なんか、なかった」
「つまり?」
 アイフェンがクスクス笑う。
「・・・アイフェン」
「なんだ、ジェス?」
 マジェスティーは不服満面だったが、これが一番しっくりくるのは、彼も同じらしい。
「あーーーん! ごめんなさい! もうしません! ごめんなさあぁぁい!!」
 いよいよ本泣きに突入した技芸の喚き声に、マジェスティーがクスクスと笑う。
「懐かしいな、この感じ」
「まあな」
朱煌という女性を間に、兄弟であり、父子であり、友人である二人は、互いの拳を合わせて笑顔を浮かべた。








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