ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀8

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 マジェスティー帰国前の5日前に、技芸の訓練は終わった。
 というか、強制終了したのだ。
 相変わらず、集中力希薄なままではあったが、まだたったの12歳だ。
 当然と言えば、当然のこと。それに、残り数日は、力を温存させておく必要があった。
「仕方なかろう。俺とお前だけの力で、未来へ飛ぶしかない。ぎぃは予備電源とでも考えるさ」
 アイフェンが言うと、多聞も頷いた。
 もちろん、二つの力より、三つの力の方が、成功率の点を考えても望ましかったが・・・。
 雑念の多い力を介入させることを考えれば、またパーセンテージも違ってくる。
 それなら、確実な二人分の力を合わせた方が、得策だ。
「予備電源とはいえ、重要性は変わらない。ぎぃに絶対、力を使わせるなよ」
「・・・お尻をひっぱたいてでも?」
「もちろん。ただし、ここと良く相談してからな」
 ポンと胸を叩かれて、多聞が苦笑した。
 あの一件以来、イニシアチブがアイフェンにすっかり移行してしまった気がする。
 同い年だった頃は、冗談しか言えないんじゃないかと思うくらい軽薄な男だった。
 技芸命名の「脳風船」が、言い得て妙だと思ったくらいだ。
 歳月というのは、こうも人を成長させるものなのか。
 いや・・・。
 炎の中で死に逝く運命に向かって着実に歩んでゆく母親を、この過去で間近で見ながら生きてきたのだ。
 多聞の想像も及ばないほど、色々考え、悩み、苦しんできたのだろう。
「ところで、技芸は?」
 そういえば、妙に静かだ。
 アイフェンと多聞は顔を見合わせた。
 嫌な予感。
 子供というのは、やけに静かな時、絶対ロクなことをしていないものなのだから・・・。



 ふよふよと空中を漂う猫が、歩きにくそうに足をばたつかせていた。
 それを見上げるラ・ヴィアン・ローズ傭兵たちが、拍手喝采。
 その人だかりを見つけたアイフェンは、仮面越しに痛む額を押さえて彼らに近付いた。
 案の定、人だかりの輪の中心で猫を浮かべていたのは技芸。
 訓練切り上げの際、温存の為に力を使うなと、あれほど言い聞かせたというのに。
 というか、クロス以外のラ・ヴィアン・ローズ傭兵や家族たちに姿を見られるなとも、あれほど言ってあったのに。
「ああ、ドクター・アイフェン。見てくださいよ、あの子のイリュージョン。小さいのに、大したもんですねぇ」
「イリュージョンじゃない! 特殊能力だ!」
 技芸、余計なことを言うな。
「そうか、そうか、超能力か~。うん、すごいすごい。今度はスプーン曲げてくれないか?」
 怒りの表情を閃かせ技芸を、慌てて抱き上げる。
 力が途切れて落ちてきた猫も、片手で受け止めて下に放してやった。
「あ! 猫、行っちゃう!」
「ぎ~ぃ」
 アイフェンに睨まれて、しばしキョトンとしていた技芸が、やっとその理由に気付いたらしい。
「ち、違う! 猫がいて、それで・・・」
「後で聞く」
 アイフェンは集まっていた傭兵たちに、技芸のことをどう説明しようか思考を巡らせ、より事実に近い嘘を選択した。
「この子は本物の超能力児だ。力が強いから、色んな機関から狙われている。だから、ラ・ヴィアン・ローズ本陣で俺が預かった。クロス閣下もご存知だ。すまないが皆・・・」
「了解。他言は無用ですね。面白かったよ、お嬢ちゃん。また見せてくれな」
 ぞろぞろと解散していく傭兵たちを見送って、胸を撫で下ろしたアイフェンは、上目遣いで様子をうかがっている技芸に視線を戻した。
「お、怒ってるのか?」
「怒ってるよ」
「違うんだ! 猫が・・・」
 診療所に向かって歩き始めたアイフェンの腕の中、技芸の必死の言い分はこうだった。
 診療所の窓から外を眺めていたら、猫が木の上にいた。
 未来では人類同様、その数を激減させていた猫など、技芸は図鑑でしか見たことがなく、興味を引いて外へ。
 近付いたら、猫が逃げた。
 だから、追った。
 猫があんまりすばしこいので、なかなか捕まえられない苛立ちで、つい力を使って捕獲。
 そこは、いつの間にか、傭兵村のど真ん中だったというわけだ。
「人前に出るなと言ってあったの、覚えてるか?」
「だって、猫が・・・」
「温存の必要があるから、もう力を使っちゃいけませんとも、言い聞かせたね」
「だって・・・、猫が・・・」
 診療所が見えてくると、技芸がそわそわとし始めた。
「な、なあ、まだ怒ってるか?」
「ああ、怒ってるよ」
「・・・お仕置き、する?」
「します」
 一瞬たゆたった金色のオーラが、技芸の周りからかき消える。
 瞬間移動で逃げ出そうとしたのを、アイフェンがシールドを張って抑え込んだのだ。
 アイフェンに睨まれて、技芸はますます首をすくめた。
「ぎ~ぃ。どうしてお仕置きされるのか、わかってます?」
「だってぇ・・・!」
 診療所のドアをアイフェンが開けると、技芸が泣きべそをかいた。
 アイフェンはかまわずベッドに腰掛けると、抱いていた技芸の体を膝の上に腹這いに下ろす。
「あーーーん! やだぁ!」
「やだじゃないでしょ。力を使うなと叱られるのに、力で逃げ出そうとする悪い子は、たっぷり懲らしめてやるからな」
「朱雀だって今、力使ったじゃないか!」
 スカートの上から平手を一発。
「痛い~~~!」
「俺が力を使う羽目になったのは、だ、れ、、の、せ、い?」
「痛い! あん! 痛い! 痛い! 痛い~!」
 区切った言葉の数だけ叩いてやると、技芸がジタバタをもがく。
 スカートを捲くって下着を下ろすと、今の平手でほんのり赤くなったお尻が丸出しになった。
「いやーーーん!」
「スカートの上からで、済むはずないでしょう」
「だって、猫が~~~」
 頭痛がしてきた。
「あのな。言いつけを守らず、力を使ったことも、人前に出たことも、原因はひとつ」
「猫・・・」
「違うでしょ。その根本的なとこがわかるまで、お尻で考えなさい」
 どうも長くなりそうなので、軽く弾く程度の平手で開始。
「やーーーん!」
「早く考えないと、今は痛くなくても、その内に辛くなるぞ」
 そうこうしている内に、お尻がどんどん赤みを増していく。
「ひッ、あ! 痛い~~~」
 言わんこっちゃない・・・。
「あのなぁ、ぎぃ。お前は別に、言いつけをわざと守らないわけじゃないだろ?」
「当たり前だ! こんな目に合うのに・・・痛い!」
「威張ってないで、ヒントあげたんだから、自分で答えを導き出す」
「ちゃんと考えるから、手を止めて~!」
 その要望通り、お尻と平手にしばしの休憩を与える。
 技芸が起き上がろうとしたので、腰を押さえて遮ると、苦情を申し立てるような視線がアイフェンに注がれたが、知らん顔してやった。
「猫・・・追いかけてたら、夢中に、なって・・・」
 不貞腐れてシーツに顔を埋めた技芸が、ボソボソと言った。
「そうだな。夢中になって、ムキになって、気がついたら言いつけを破ってた」
 シーツにくっついている頭が、小さくコクンと頷いた。
「そういうのを、なんて言う? 多聞も俺も、何度か言ったことあるよね」
「~~~~~短気」
「そうだ。それが根本的な原因。お前が一番反省すべき点だ。さてと、反省点がわかったところで、改めてお仕置きだ。痛いのを三十。覚悟しなさい」
 青ざめた技芸が振り返ると、アイフェンの手の平が高々と上げられたところだった。



「いいかい、ぎぃ。俺がいいと言うまで、絶対に! ジェス・・・いや、アースルーラーの前に出ちゃいけないよ」
 マジェスティーとレーヌの帰国を民間空港まで迎えにいくセスナに搭乗間際、それはもう懇々と、アイフェンは技芸に言い聞かせた。
 不服満面の技芸を見ると、不安で仕方ないからだ。
「絶対だ。大人しく診療所に多聞といること。わかった? この言いつけを破ったら、今までのお仕置きがお尻を撫でられてただけに思うくらい、懲らしめてやるからな」
 慌ててお尻を押さえた技芸の頭を撫でて、アイフェンが多聞に後を任せ、セスナに乗り込んだ。
 セスナが離陸すると、アイフェンはどっと疲れを感じて、シートに深く体を沈めた。
 一部始終を見ていたクロスが、隣で笑っている。
 ため息。
 こんなことで呑気に疲れを感じている場合ではないのだ。
 帰国したマジェスティーに、すべてを伝えなければならない。
 彼の慟哭を想像するだけで、心臓が何かに鷲掴みにされたようだ。
 押し黙って目をつむっているアイフェンの心情を読み取ったらしいクロスが、ポンと彼の肩を叩いた。
 民間空港に着陸したセスナでしばらく待っていると、マジェスティーが大きなキャリーバックを引っ張って、エプロン(駐機場)を歩いてきた。
 クロスがキャリーバックを受け取って積み込み、マジェスティーが搭乗する。
「おかえり。レーヌ様は?」
「ああ、日本に置いてきた」
「置いてきたぁ?」
 素っ頓狂な声を上げたのは、クロスだった。
「なんだよ、日本でケンカでもしたのか」
 マジェスティーが苦笑する。
「違うよ、気を利かせたんだ。レーヌはこのまま日本に移住させる。クロス、早急に手続きしてやってくれ」
「なんだぁ? 姫さまの傍を離れたくないと言い出したのか」
「いや、黒荻と上手くいきそうだから」
 あ・・・と声を漏らしたアイフェンを、マジェスティーが振り返ったので、慌てて咳払いで誤魔化す。
 考えてみれば、アイフェンの養父・黒荻の妻は、レーヌだ。
 子供の時はそれが当たり前のことが、この過去での生活で、二人がどうやって結ばれたのか謎だったが、こういうことだったか。
「はあぁ、パン屋ママの倅と、レーヌ様がねぇ」
 クロスが意外そうに顎を撫でた。
「うん。ラ・ヴィアン・ローズの外交は、人材も揃ってるからレーヌが抜けても十分賄えるし、かまわんだろう?」
「そりゃかまわねぇが、お前はいいのか?」
「俺? どうして?」
「どうしてって・・・、二十年以上も夫婦同然に暮らしてきたじゃないか」
「夫婦じゃない。一度だって抱いてない。まるで俺がフラれたみたいな言い方、やめてくれないか?」
 拗ねたように言うマジェスティーに、クロスは目を丸くしている。
 アイフェンとてクロスと同じ気持ちだ。
 意外だった。
 若かりし頃のマジェスティーの所業を鑑みるに、絶対手をつけていると思っていたのに。
「俺とレーヌは、朱煌の両親として、一緒にあの子を育てていただけだ。朱煌が嫁いでラ・ヴィアン・ローズから去っても彼女が本陣にいたのは、朱煌の母親、瞳子の友人でいる為、引いては朱煌の為だ」
 確かに、未来で黒荻夫人のレーヌと、アイフェンの祖母・瞳子はとても仲がいい。
 朱煌を生んで心が壊れてしまった瞳子だが、あの親子対面から十数年、ラ・ヴィアン・ローズ本陣での静養生活の間、信頼できる友人レーヌを得てすっかり回復し、2年ほど前から日本で生活している。
 朱煌とも、もう心乱すことなく会うことができる瞳子。
「レーヌがラ・ヴィアン・ローズ本陣にいる理由は、もうない。彼女が日本に住めば、瞳子も喜ぶだろうしな」
 ここで「朱煌も」と言わない辺り、さすがは育ての親。
 セスナが本陣に到着するまで、しばしの談笑。
 キャリーバックから出てくる土産の数々や、初めての温泉の話。
 朱煌と高城がとても仲睦まじくて、見ていて微笑ましかったこと。
 高城の実家にまで行ったらしい。
 高城の年老いた兄夫婦が、弟に瓜二つのマジェスティーにとても驚き、歓迎してもてなしてくれたこと。
 マジェスティーはとても楽しそうに、二人に話して聞かせた。
「それからな・・・」
「そこまで。本陣に着くぞ。後は、屋敷に帰ってからな」
 あんまりマジェスティーが楽しそうなので、アイフェンがつい幼かった彼を思い出すように遮った。
「・・・うん」
 マジェスティーが笑って、そう頷いた。



 日本土産の中には、クロスの細君デラに買ったものがいくつかあったので、それを届けてもらう間、マジェスティーとアイフェンは、執務室でセスナの中での談笑の続きを楽しんでいた。
 マジェスティーが執務室に飾ってある、朱煌の物だった朱色の柄の日本刀『紅蓮』を撫でていたので、アイフェンが微笑む。
「姫さまは、健やかにお過ごしだったようだな」
 アイフェンが声をかけると、紅蓮を手にしたマジェスティーが、ソファにかけた。
「ああ、相変わらずだった。俺の訪日中も、何度か高城にお尻をぶたれてたよ」
「そこは・・・相変わらずでは困るんだがな」
 顔を見合わせて笑う。
 刹那、アイフェンの腹に喰らい込んだ、紅蓮の刃。
 内臓をやられた。
 口から、血が溢れる。
「ジェス・・・」
 鞘から抜いた紅蓮で、アイフェンを貫いたマジェスティーの目は、見たことがないほど冷たく冴え凍っていた。
 いや、違う。
 見たことはある。
 この目は、「冷酷王」アースルーラーの物。
「長きに渡り、よくも余を謀ってくれたものだな、堕天朱雀よ」
 紅蓮の刃が、アイフェンの腹の中で向きを変えた。
 声も出ないほど凄まじい痛みが、全身を走る。
 マジェスティーは眉ひとつ動かさず、アイフェンの腹を貫いていた刃を、振り抜いた。
 刃の出口となった脇腹から、大量の鮮血が噴き出した・・・。





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