ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀7

 ←堕天朱雀6 →シシィの日常のこと。

 打ち合わせ翌日から、出発ポイントを決定する調査の為に、アイフェンはラ・ヴィアン・ローズ本陣の敷地を巡っていた。
 何しろ広大な敷地だ。
 ジープで走り、未来に降りるのに適したポイントを探すのは、なかなか骨が折れた。
 人を巻き込まない場所であることが最優先。
 それを念頭に、過去である現在の傭兵村はもちろん、兵器工場、造船所、研究所等の施設周辺は除いての調査だが、未来のラ・ヴィアン・ローズ本陣では、新たに切り開かれた航空基地や施設が拡大していた。
 人の行き交う場所のすべての緯度経度を記憶しているほど、そこに住んでいた頃のアイフェンは大人ではなかったのだから。
 その間に、技芸の能力制御訓練は、多聞が行なっている。
 調査を終えたアイフェンが診療所に帰る度、技芸が真っ赤なお尻を曝して立たされていたり、多聞の膝の上でお尻を叩かれて泣いている技芸を見かける。
「ちょっと、スパルタだよなぁ、アレは・・・」
 いくら治癒能力が高い堕天使とはいえ、その場で感じる痛みは人類と変わらない。
 この帰還作戦の成功率を高めたい多聞の気持ちはわかるが、やり過ぎの様な気がする。
 そりゃあ・・・、技芸はとにかく気が短いし、浅慮だし、頭に血が昇ると周りが見えなくなる子だ。
 そこにきて、堕天使の能力があり、多聞の言う通り、相当な未知数の潜在能力を秘めているのはアイフェンにだってわかるから、今の内にきちんと躾けたい多聞の気持ちも、わからなくはないが・・・。
「やり過ぎ」
 力での押さえ込みは、必ずいつか相互関係において歪を生む。
「ん?」
 ジープを走らせていた前方に、金色の光が煌めき、技芸が現れた。
 キョトンとした様子でキョロキョロと周囲を見回している技芸に、ジープから声をかける。
「ぎぃちゃん、どうした? 瞬間移動先を間違えたのか」
「朱雀?」
 目を丸くした技芸を呼び寄せて、ジープに乗せる。
「訓練、いつものとこでしてたんだろ? そこから飛んだのか」
「ああ・・・、ここはどこだ?」
 苦笑。
 瞬間移動最大値10m?
 とんでもない。多聞が言った通りだ。
 確かに、制御できないだけで、堕天使の中でも最高レベルの潜在能力を秘めているらしい。
「ここは、訓練してた場所から、百キロは離れた場所だよ」
「そう、なのか? ・・・じゃあ・・・」
 技芸の体に金のオーラが漂い始めたのに気付いたアイフェンは、ハッとして、ジープを止めて外に飛び出した。
 ユラリとジープを降りた技芸の口端に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。
「ここでお前が『事故』にあっても、多聞は気付かぬということだ」
 アイフェンは額を押さえて宙を仰いだ。
「ぎぃちゃん、馬鹿なことはおよし」
「黙れ!!」
 大きく手を振り上げた技芸から放たれた攻撃波をかわした。
 アイフェンが立っていた地面が吹き飛ぶ。
「ぎぃ! やめろって! お前の敬愛する陛下が、未来に帰れなくなるぞ!」
「多聞は堕天使が二人いれば大丈夫と言っていた! つまり、私と多聞だけで十分だ! お前は死ね!!」
 二人というのは能力制御ができる二人だとも、多聞は言っていただろうが。
 自分の都合のいい部分しか聞こえていないのか、この猪突娘。
 連続する攻撃波を、身体能力をフルに生かした身軽さでかわしていたアイフェンだったが、やはり、特殊能力対身体能力では、限界がくる。
 軽やかに宙に舞った技芸が放った特大の攻撃波に、久しく能力を使ってシールドを張る。
 シールドに弾かれた技芸の攻撃波が、尾根の木々を炎上させてなぎ倒した。
「やめなさい、ぎぃ!」
「お前が死ねばやめてやる!」
 手の中で作った光の弾を、全身をしならせてアイフェンに投じた技芸。
 光の玉は散弾銃の銃弾のように、途中で細かに分散した。
 アイフェンが実に数十年振りに放った攻撃波が、その光球を打ち消す。
 直後の第二波をかわして、宙に高く高く舞い上がったアイフェンは、そのまま空中に留まった。
 念動力の応用だ。
 下を見下ろすと、いつの間に瞬間移動してきたのか、多聞が技芸の前に立ちはだかっていた。
 彼の陰になって見えないが、技芸が浮かべる表情は、容易に想像がつく。
 地面に降り立ったアイフェンは、ため息をついて、周囲の惨状を見渡した。
 多聞も同じようになぎ倒された木々を見回していたが、その中に歩を進めると、折れている細身の樺の枝を拾い上げ、オーラのたゆたう手で一撫で。
 細かな枝や表皮が剥がれ落ちた枝が、何に使われようとしているのかは、お尻を押さえて泣きそうになっている技芸を見れば想像がついた。
「なあ、多聞。こんな小さな子に、そんな物を使うことは・・・」
「口を出すな」
 これだ。
 まったく頑固なのだから。
 再び技芸の前に戻った多聞が、手にした枝笞を一振りした。
 ヒュン!と空を切る鋭い音に、技芸がきゅっと首をすくめる。
「命令に背けば最高刑だと、言ってあったな」
「やだ・・・あれ、やだぁ・・・。ごめんなさい、もうしないから、許して」
 すでにポロポロと涙をこぼし始めた技芸を、多聞は軽々抱き上げて、アイフェンを振り返った。
「すまなかった、もう二度とさせない」
「いや、俺は平気なんだから、そんなにきつく叱らなくても・・・」
「診療所へ先に行ってるぞ」
 技芸を抱えた多聞の姿は、金のオーラの中に消えた。
「あの頑固者がぁ・・・」
 ため息ひとつ。
 どうしたものか。
「・・・仕方ない」
 アイフェンは見捨てることにした。
 ジープをだ。
 最高刑とやらがどんなものか知らないが、技芸のあの怯え方を見ては、放っておけないではないか。
 瞬間移動の飛距離に自信はないが、未来へ帰る訓練にもなろう。
 診療所の位置をイメージして、アイフェンは金のオーラを発動させた。



 ピシ! ピシ!という鋭い音と、技芸の呻き声が、診療所の外まで聞こえている。
 中に入ると、診療室のベッドの上で四つん這いになった技芸が、丸出しにされたお尻に笞を据えられていた。
「ひっ! うぅ! 痛い! ぅあーん!」
 細身の笞特有の蚯蚓腫れ周辺も赤く染まり、もうお尻全体に腫れ上がってきている。
「多聞! もうよさないか! そんなに腫れてるところを笞で叩いたら裂ける」
 アイフェンの声に多聞の手が止まった。
 さすがに聞き入れたかとホッとしていると、多聞が静かに口を開いた。
「技芸、お尻を治しなさい」
 泣きながらイヤイヤと首を振る。
「早くしなさい」
「やだぁ・・・、もう、許して。痛いのいっぱい、やだ・・・」
「お前が治さないなら、私が治す。ただし、そうなれば、もう百叩き増えるぞ」
「あ! いやぁ・・・」
 技芸はぐすぐすと鼻をすすりながら、恐る恐るお尻に手を回して、金のオーラを発した。
 見る間に回復したお尻に、多聞が再び笞をあてがう。
――――まさか・・・!
「多聞! わざわざ治させたお尻をぶつ気が!?」
「それが最高刑だ」
 そう言い放った多聞が、またお尻に笞を据え始め、技芸がわんわんと泣きじゃくる。
 ダメだ、もう我慢の限界。
 アイフェンは多聞から笞をもぎ取り、二つにへし折ると床に投げ捨て、技芸を抱き上げた。
「いい加減にしろ! こんなのお仕置きとは言わん! まるで拷問じゃないか!」
「・・・最高刑は、元々拷問方法だからな」
「~~~叱るって、そういうことじゃないだろ。お尻を叩けばお仕置きってことじゃないんだ」
 アイフェンの腕の中で、技芸が彼の顔と多聞に、交互に視線を走らせていた。
「痛みを与えることを目的にしたら、それはお仕置きじゃなくなる。力で抑えつけるのと、同じだぞ」
 技芸を抱いたまま多聞の前に歩み寄ったアイフェンは、トンと拳を彼の胸に当てた。
「ここ。大事な子に痛い思いをさせたら、お前もここが痛いだろ?」
 戸惑ったように頷いた多聞が、初めて年相応の青年に見えた。
 それを見て、ふと気付く。
 堕天使狩りで、物心つく前に親から引き離された堕天使たち。
 ただただ血を抜き取られる為だけに、生かされてきた子供。
 包まれるような愛情とは無縁に育った彼らは、愛されるが故に叱られるという、子供の特権を知らないのだ。
 だから、愛する者への叱り方も、見よう見真似でしかないのだろう。
「・・・ひとつ聞くが、そういうお前なら、技芸の処遇をどうしたんだ」
「俺か?」
 ベッドに腰を下ろしたアイフェンは、抱いていた技芸の体を、膝の上に腹這いにした。
「あ・・・!」
 叩かれると思って体を強張らせた技芸は、アイフェンの手が当てられたお尻から、ヒリヒリした痛みが引いていくのを感じて、彼を見上げた。
 アイフェンはそんな技芸に微笑んで見せ、膝から下ろして前に立たせると、お尻をしまってやって、そっと彼女の頬に両手を添えた。
「少ぉしだけ、痛いの残してあるからね。わかってるよね? ぎぃちゃんがいけない子になっちゃった罰だよ」
 技芸が、おずおずと頷いた。
「いいかい? むやみに力を振りまわしちゃダメ。ここは戦場じゃないんだ。今の俺たちには、ほかにやるべきことがある。一緒に、未来に帰るんだよ」
「・・・なんで、怒らない? 敵であっても、私の力が必要だからか」
 困ったように笑みを浮かべたアイフェンは、技芸の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ぎぃを叱った多聞と同じ気持ちだからだよ。一緒に、帰りたいからだ」
「敵なのに?」
「敵じゃない。俺たちは、仲間だ」
「敵、だもん・・・」
「はいはい」
 クスクスと笑ったアイフェンは、少し強めにポンとお尻を叩いて、技芸を多聞の傍に押しやった。
「多聞に、ごめんなさいは?」
 ちょっと痛んだお尻を擦り、膨れ面してアイフェンを振り返った技芸だったが、やがて、多聞に上目遣いを向けて、「ごめんなさい」と小さく言った。
 多聞がアイフェンを見たので、頭を撫でるゼスチャーをしてみせる。
 その仕草を真似るように、多聞が技芸の頭を撫でて「いい子だ」と微笑んだ。



「――――嘘つきーーー! 怒らないって、言ったくせにーーー! あーーーん!」
「叱らないとは言ってません。悪い子はお仕置き」
 アイフェンの膝に腹這いにされ、ピシャピシャとお尻を叩かれて暴れている技芸を眺め、多聞は呆れたように肩をすくめていた。
「なんで診療所のもんが外に転がってるんだ? 嬢ちゃんの仕業かね」
 畑の野菜を差し入れにきたクロスが診療所に入るなり苦笑して、壁にもたれていた多聞に話しかけた。
「浮遊物制止の訓練が上手くいかないことに苛立ってね・・・」
 癇癪を起して、診療室の中の物をことごとく宙に浮かべて、天井に叩きつけてばらまいた。
「それくらいなら、朱雀は叱らなかったろうに・・・」
 多聞がため息交じりに呟いた。
 アイフェンに注意されて、後始末を言いつけられたことに不貞腐れ、床に散乱した物を、瞬間移動させて外に放り出してしまったのだ。
「ちゃんと自分で片付ける。力は使っちゃダメだぞ。自分の手で、全部拾ってきなさい」
「うるさい! 朱雀のくせに、私に命令するな!」
「そういうこと言う子は・・・」
「あ! やーーーん!」
 せっかく多少なりの防御壁だったズボンを下ろされて、技芸は一層ジタバタともがいた。
 パンツ越しのお尻に、一際きつい一発。
「痛ぁ~~~い!」
「ほら、お片付けするって言えない子は、パンツも下ろされちゃうぞ」
「いやあ! するー! ちゃんと片付けるー!」
「いい子。じゃ、後、言うことは?」
「~~~ごめんなさい・・・」
「よく言えました。さあ、行っておいで」
 膝から下ろしてズボンを上げてやったアイフェンは、技芸のお尻をポンと叩くと、そう言って微笑んだ。
 多聞はそれらを眺めながら、考えていた。
 痛い思いをさせて力で抑えつけるのと、今のアイフェンのお仕置きと、どこが違うというのだろう・・・と。
 その答えが、アイフェンを拗ねたように振り返った技芸を見て、なんとなくだが、わかった気がした。
 表情が、生きている。
 心に余裕を感じる。
 多聞がお仕置きを課した後の、怖々従う顔ではない。
 そういえば、高城に叱られた時も、あんな顔をしていたのを思い出す。
 いつの間に傍にやってきたのか、アイフェンの手の甲が、ポンと多聞の胸を叩いた。
「心配するな。ここが痛かったお前なら、大丈夫だよ。少し、方法を見直せばいいだけだ」
「・・・朱雀」
「うん?」
「お前、大人になったなぁ」
 アイフェンが脱力気味に額を押さえた。
「だから。俺はもう、お前の四十三も年長者だっての」
 二人の会話を聞いていたクロスが、腹を抱えて笑ったのだった。









  • 【堕天朱雀6】へ
  • 【シシィの日常のこと。】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【堕天朱雀6】へ
  • 【シシィの日常のこと。】へ