ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀6

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 放心状態のクロスに、かける言葉もみつからないアイフェンは、その居心地の悪さに落ち着かず、黙って窓の外を眺めていた。
 ふと、奥間が静けさを取り戻したのに気付く。
「・・・クロス、俺は多聞と打ち合わせしたいから、行くぞ」
 返事はない。
 頭を一振りして、診療室を後にしたアイフェンは、技芸のお仕置き部屋と化していた寝室をのぞいた。
 その途端、金色の攻撃波に襲われて、咄嗟に体を屈める。
 背後の壁が、吹き飛んでいた。
 危なかった。
 避けきれなかったら、頭を粉々にされて即死だ。
 技芸だった。
 怒りを満面に湛えた技芸の体から、金色のオーラが立ち上っている。
 技芸がさらなる攻撃波を放つべく身構えた瞬間、多聞が思い切り彼女のお尻を叩いた。
「痛い!」
「よさんか。休戦協定を結んだと言っただろう」
 なるほど。
 アイフェンの正体と状況を、多聞が説明したらしい。
「協定を結んだのは多聞だ! 私は関係ない!」
「お前は私の部下だろう。朱雀に手を出すな。互いの協力なくしては、帰れん」
「でも・・・!」
「お仕置きが足りないようだな」
 ギクリとした技芸は、あっという間に多聞の小脇に抱えられてしまい、ジタバタともがく。
「やだ、多聞! 朱雀の前でなんて、やだあ!」
「素直に言うことをきかないからだ」
「あーーーん! 痛いー! 痛いー!」
 また始まってしまったお仕置きに、アイフェンは苦笑を隠せない。
 宿敵・堕天朱雀の前で醜態を曝したくない気持ちはわかるが、ここでまた退出し、お仕置きが終わるのを待って・・・などと、さすがに馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
「いいか、もう一度言うぞ。朱雀に手を出すな。これは上官命令だ。命令に背けば最高刑。わかったな」
「~~~はい!」
 やれやれ、これで頭を吹き飛ばされずに済みそうだ。
「来てくれ。打ち合わせがしたい」
 多聞を研究室に誘うと、すっかり不貞腐れた技芸が、お尻を擦りながらついてくる。
 ――――おやおや・・・。
 お尻を擦る手に、淡い金色のオーラが漂っているではないか。
 こっそりとお尻を治している、その姿が可愛くて、笑ってしまいそうになりながら、研究室に入った時だ。
 やおら多聞が、背後の技芸の首根っこをつかんで引き寄せ、パジャマのズボンを下着ごと引き下ろした。
 これはどうも、お見通しだったようだ。
 やはり、さっきまでおそらく真っ赤だったであろうお尻が、きれいに元通りになっている。
 技芸は必死で目を反らしていたが、多聞の咳払い一つで、怖々、彼を見上げた。
 ――――そりゃ、怒られるわな。
 平素むやみに力を使うなと叱られてのお仕置きの直後に、力を使ってお尻を治したりすれば、叱られて当然だ。
「お仕置きのやり直しだな」
「いやあ~! ごめんなさい!」
 叱られて当然とは思うが、これではちっとも話が進まない。
 それに、立て続けに三度もお仕置きなど、さすがに可哀想だ。
「まあまあ、ぎぃも謝ってるじゃないか、あんなに叩いた後だし、今回は見逃してやれよ。な、ぎぃちゃん、もうしないよな?」
「陛下より技芸の教育を任されているのは私だ。口を出さないでくれないか」
 何を言っても無駄のようだ。
 アイフェンは肩をすくめて、とにかく打ち合わせがしたいからと、多聞をデスクに促す。
 デスクを挟んで着席はしたものの、お尻を丸出しにされたままの技芸の席は、多聞の膝の上。
 やりにくくてしょうがない・・・。
 気を取り直して、デスクに地図を広げる。
「帰ると決まったからには、ジェスが帰国次第、実行に移したいんだ」
「ジェス? ああ、陛下のことか」
「地図を見てくれ。ここが、俺たちが降りたポイントだ。本陣も広大な土地ではあるが、やはり人が住む場所からは離れた方がいいように思う。だから、ここで実行したいと思うんだが、どう思う?」
 アイフェンが話している間も、時折ピシャンとお尻を叩く多聞。
 ――――やりにくいってば・・・。
「いや・・・、この緯度と経度を見るに、このポイントは今は地表でも、未来では海に沈んだ、あの戦場の只中だ。帰るというからには、あの時間に戻りたいんだろう。だとすれば、このポイントは陛下の御身に危険が伴う」
 まあ、お仕置きをしながらでも、ちゃんとした答えが返ってくるのだから、後は自分が集中するしかない。
「では、お前ならどこをポイントとする?」
「そうだな・・・」
 しばらく考え込んでいた間中、多聞の右手がお尻を叩き続けるものだから、デスクの向こうから技芸の泣き声が漏れ始める。
 デスクの縁から、どんどん真っ赤になっていくお尻がチラチラのぞくが、集中力を高めてしまえば、気にならなかった。
 それからどれくらい打ち合わせが続いただろう。
 その間、思い出したように叩かれていた技芸のお尻は、すっかり真っ赤に腫れ上がり、ようやく膝から下ろされた頃には、泣きべそをかいていた。
 出発ポイントと未来で降りるポイントは、昔も今もその位置を変えていない、ラ・ヴィアン・ローズ本陣ということで話がつく。
 多聞は本来、マジェスティーにもっとも安全であろう連合軍拠点を推したが、現代(過去)におけるその場所まで行くには、国境絡みの手続きが必要な上に政情不和で危険を伴い、何かと面倒だということで、ラ・ヴィアン・ローズ本陣からラ・ヴィアン・ローズ本陣へ・・・という案が採用されたのだ。
 目標とする時間軸まで飛ぶ力の発動配分と力の相乗効果、そして、移動させる物質量との兼ね合いを、綿密に計算した。
「おそらく、必要量は能力値の高い堕天使二人分の力だ」
 多聞が弾き出した計算に、アイフェンはふと彼と技芸を見た。
 二人いればいいなら・・・自分はここに残れないだろうか。
「お前は必ず来てもらうぞ」
「何も言ってないだろ」
「顔に書いてある。この中で一番潜在能力値が高いのは技芸だが、この子にはまだ制御する力がない。力を確実にコントロールできる私とお前でなければ、成功率が著しく低下する。失敗は許されないんだ」
「・・・わかってる。すまなかった」
 アイフェンは深々と息をついて、かぶりを振った。
「今回のように、全員バラバラの時代に飛ばされない為の方法も、視野にいれなければならんが・・・」
「同じタイミングで飛べば、問題はないはずだ。陛下とお前は同時。数十秒遅れて技芸。私は技芸とほぼ同じ・・・おそらくコンマ05秒ほどのラグ」
 各々のタイムラグは、確かに空いた時間に符号している。
「そう、だな。後は、堕天使全員が、明確に、そして確実にあの時間軸をイメージする」
「ここは何年だ?」
「西暦2000年」
「同盟軍拠点侵攻作戦開始が、2019年9月1日。あの戦闘は第4日目だ。時間は16時に差しかかるところだった」
「では、今より19年後の、西暦2019年9月4日の16時を、各自イメージ設定のこと」
「大丈夫だろうな、朱雀。あの頃のお前は、無謀、無鉄砲、無分別。かの紅蓮朱雀には遠く及ばない雛鳥後継者と言われていた。そのお前に、力配分から集中力まで、細かな制御が必要な力の発動が、できるのか」
 アイフェンは当時を振り返って、苦笑を浮かべた。
 昔の自分がこんなことを言われたら、さぞかし憤りを露わにしただろう。
「安心しろ。俺も、この四十年余りで成長したつもりだ」
「・・・信頼しよう。今のお前を見るに、確かに随分落ち着いた物腰になった」
「多聞・・・、言っておくが、今の俺はお前より、四十三も年長者だぞ」
「ああ、そういえばそうだったな」
 顔を見合わせて笑ったアイフェンと多聞は、ふと壁を向いて立たされている技芸を見た。
 腫れたお尻を擦りたそうにもぞもぞと動いていた技芸が、多聞の視線にギクリとして、慌てて姿勢を正す。
 二人はため息をついた。
 考えていることは、同じ。
 単細胞型で集中力のなさそうなこの猪突娘に、時間軸をイメージして力を発動させるなどという芸当が、果たしてできるのだろうか。
「朱雀、陛下はいつお戻りになる」
「二十日後だ」
「それまでに・・・」
「ああ」
 技芸の能力制御の特訓は、必要不可欠。



 診療室に戻ると、クロスがベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
 アイフェンが戻ったのを流し見た彼は、ムクリと巨体を起こす。
「・・・落ち着いたか?」
「ああ・・・、醜態を曝したな」
「いや」
「なあ、アイフェン。度々中途半端に色々知って、やりきれない思いをするのはたくさんだ。全部、話してくれないか」
 朱煌が死んだことを知ってしまった彼に、もはや、これ以上隠しだてするようなことはなかった。
 アイフェンは、仮面を外す。
 クロスが呆然とベッドから立ち上がった。
 現れた、朱煌と瓜二つの顔。
 堕天使の力のせいで、老いることを知らない彼の容姿は、いまだに青年のようであり、それがますます朱煌を思い起こさせた。
「ジェスはな、未来の高城善積。俺の父親だ。そして、母は高城の妻、朱煌」
「姫さまの・・・息子」
「母が死んだのは、俺が六つの時。母はまだ三十五の若さだった」
 朱煌が命を落とした経緯。
 それによって高城がラ・ヴィアン・ローズを出て連合側に寝返り、冷酷な支配者に変貌したこと。
 母の死後はずっと高城と敵対する陣営に身を置いていたこと。
 それらを、アイフェンは淡々と話して聞かせた。
 ふと傍らに立ったクロスの手が、アイフェンの頬に添えられた。
「・・・ずっと独りきりで、そんな隠し事を抱えて生きてきたのか」
 クロスの腕が、きつくアイフェンを抱き寄せた。
「・・・仕方、ないじゃないか」
 軋みを上げて迫りくる、母の運命。
 それをただ傍観するしかなかった自分。
 自分がそう擦りこんだとはいえ、未来での出来事を夢と思い込んで、何もかもを忘れて別人として育っていくマジェスティーが、どれほど羨ましかったか。
「可哀想に・・・、辛かっただろう。可哀想に・・・」
 頭を撫でられるなど、何十年ぶりだろう。
「なあ、クロス」
「うん」
「俺は、母さんのことがあったから、きつかったけどさ」
「うん」
「でも、アンタに拾われて、家族同様に過ごせて、本当に、すごく、楽しかったんだ」
「・・・うん」
「痛い!」
「うん?」
 アイフェンは思い切り蹴飛ばされた脛を抱えてうずくまった。
 蹴飛ばした犯人は、ざまあみろと言わんばかりに胸を張っている。
「ぎぃちゃん、痛いでしょ」
「男同士でいちゃついてる暇があったら、メシにしろ。腹が減ったぞ」
 そういえば、よく子供だった朱煌に八つ当たりでこうして脛を蹴られたっけ。
 なんだか昔を思い出す。
 そうだ、辛かっただけではない。
 本当に、賑やかで楽しい日々でもあった。
 クロスも同感だったらしく、クスクスと笑い声を漏らしている。
 いつしか、二人とも声を上げて笑っていた。
 彼らと共有する思い出がない技芸だけが、その場で取り残された気分で、お冠であったが。





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