ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀5

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 今や強力な味方となったクロスが、細君デラの作ったスープを差し入れてくれたので、それを目覚めた技芸に食べさせる。
「美味いな! この野菜、放射能除去処理をしてない味がするぞ!」
 心から感嘆の声を上げ、スープに夢中になっているベッドの上の技芸を眺めながら、アイフェンは、クロスに拾われた日のことを思い出していた。
 まるで同じことを感じ、マジェスティーも同じことを言いながら、デラの野菜スープを貪った。
 未来では、放射能と高濃度紫外線に汚染された土地で、人体有害物質を除去処理したものしか、味わえなかった。
 だから、いくら質素な野菜スープといえど、太陽の恵みを存分に受けたそれが、途方もない御馳走だったのだ。
 技芸が空になった皿を恨めしげにみつめていたので、おかわりを注いでやる。
 嬉しそうな技芸に苦笑しつつ、思い出す当時。
 戦時下の轟音を背に、技芸とは、よく一騎打ちした。
 特殊能力を持たない同盟の兵士ならともかく、同じ堕天使の能力を有するアイフェンにとっては、ただの年下の子供。
 がむしゃらに能力を振りまわす技芸を、からかいまくった。
 激高する技芸が、また可愛らしくて面白かったのだ。
 堕天使以外の連合軍兵士には、さすがに力の発動を躊躇っていた若かりしアイフェンにとり、思い切り力を放出できる技芸は、絶好の遊び道具。
 まあ、その戦いの報告を受けた養父・黒荻に、よくこっ酷く叱られはしたし、偽名の元となった恋人の鳳―フェン―には、奇妙な勘ぐりをされて妬かれるし、散々ではあったが・・・妹をからかっているようで、本当に楽しかったのだ。
「フェン、疑うなよ。今も昔も、浮気のつもりはないからな」
 そう呟いて、美味しそうにスープをがっつく技芸を眺めた。
 浮気も何も、今の自分から見れば、技芸は妹を通り越して、孫のような年齢差ではないかと、思わず笑ってしまった。
「なんだ?」
「・・・いいや」
 さすがに満腹になったらしい技芸の前からベッドテーブルを下げ、額と首の冷却シートを交換してやる。
「なあ、ドクター。私はいつ動けるようになる?」
「・・・2~3日だな」
「困る! 早く探さねばならない方がいる」
「わかってる。・・・なあ、技芸、君はどうやって、ここに来たんだ? セスナで、ここがどこかもわからないと言っていたろ」
 技芸が憮然と頷いた。
「気付いたら、地面に投げ出されていた。かなり遠方まで瞬間移動したのだと思う。同盟軍との交戦の最中であったのに、搭乗していた旗艦どころか、艦隊も・・・海すらなかった。驚いた」
「・・・旗艦にいたんだな」
「そうだ。善陛下が、捕獲した脳風船とお部屋で話しておられたのでな、扉の向こうで控えていた」
 脳風船、いやいや、アイフェンは確かにあの旗艦被弾の瞬間、ドア越しに聞こえた親衛隊の避難を促す声を覚えている。
 おそらく、そこに技芸もいたのだろう。
「旗艦が被弾し、陛下の御身を守ろうと、許可なく扉を開けた。その時、脳風船が不埒にも陛下を伴って、目がくらむほどのオーラを放ち、消えゆくところだった。だから私は、瞬間移動の経路を追うべく、そこに飛び込んで、力を発動させた」
 話を聞く内に、推測が固まってきた。
 つまり、技芸はアイフェンたちと同じ時に、時を飛んだ。
 だが、若干の遅れが、時を渡るタイムラグを発生させて、アイフェンたちより四十年以上も後に、同じ場所に辿り着いた・・・ということではないだろうかと。
 だから、技芸はあの頃の年齢のままなのか。
「技芸、自分の瞬間移動能力値を知っているか?」
「能力コントロールのテストで、最大値は10m強」
 アイフェンは、その倍。
 互いに大した飛距離はない。
 ふと思いついた仮説。
 これは、特殊能力同士の相乗効果がもたらした、時間越えだったのかもしれない。
 だとすれば・・・技芸の協力を得られれば、帰れる可能性がある。
 正直、帰りたいとは思っていない。
 残してきた人々に対する思いはあれど、過去で共に生きた仲間にも、情がある。
 何より、ここで母の末路をなんとか変えたい。
 だが・・・マジェスティー。
 BBC治療に必要な希釈型ワクチンも、心臓に直接打ちこむことで、希釈型をさらに薄めても一年に一度の投与で済んでいたが、もう、次で最後の分しかない。
 帰るか、マジェスティーがBBCで死ぬか。
 どちらに転んでも、ラ・ヴィアン・ローズがマジェスティー将軍を失うことに、変わりなかった。
 であるならば、せめて、新しいワクチンが手に入る未来に帰してやりたい。
 ベッドの傍らで考え込んでいたアイフェンは、ふと、視界に入った金色のオーラに気付いた。
「こら、ぎぃ!」
 やはり、ベッドはもぬけのから。
「あいつめ・・・」
 瞬間移動の話など、するのではなかった。
 簡単にここを出て、敬愛する主君を探しに行く方法を思い出させてしまったらしい・・・。 



 ラ・ヴィアン・ローズ本陣付近の技芸捜索はクロスに任せ、アイフェンはひとりヘリコプターを飛ばし、技芸や自分たちが未来から飛ばされた州の荒野に来ていた。
 もしかしたら、技芸は主君を探す為に、あそこを目指したかもしれないと思ったからだ。
 あの子が、あの場所を感知できるほど、賢いとは思えないが・・・。
「――――冗談だろう」
 アイフェンは前方の空の光景に、我が目を疑った。
 また、あの積乱雲。
 自分たちがやってきた時、あれが発生したのをクロスが見ている。
 技芸がやってきた時も、あの積乱雲。
 つまり、時を渡ってきた者が出現する際に発生する現象。
 ということは、また誰かが、未来から来るということではないか!
 とにかく、ヘリが積乱雲に飲み込まれないよう、ホバーリングで距離を保つ。
 粉雪。それが止んですぐ、稲妻。
 その直後、積乱雲は跡形もなく消えた。
 再びヘリを動かし、自分たちが降り立ったあの丘を目指す。
 技芸もあの丘方向から歩いてきた。
 誰かは知らないが、今度の来訪者もそこに下りるはず。
 眼下を見渡すと、やはり、丘に人がいるのが見える。
 その人物は、ヘリを見上げていた。
 着陸場所を探して、ヘリを降下させる。
 ヘリから飛び出したアイフェンが丘に走ると、見覚えのある若い男が地面を掘っていた。
 彼は玉座の盾の隊長だ。
 確か、コードネームは多聞(たもん)。
 当時のアイフェンと同い年だが、堕天使狩りの苦労を味わってきた彼は、ひどく落ち着いた大人だった。
 現に今も、ヘルメットとパイロットスーツを脱いで、外気の暑さに対応している。
 あの暑さの中、何も考えずにパイロットスーツで動き回った挙句に、熱中症でぶっ倒れた技芸と大違いだ。
 多聞はやってきたアイフェンを振り返ったが、黙ったまま、作業を再開する。
 彼が掘っている場所は、記憶にある。
 マジェスティー、いや、高城の軍服と、自分のパイロットスーツの上着を埋めた場所だ。
 やはり、多聞が掘り進めた穴から引きずり出したのは、ボロボロに朽ち果てかけた高城の軍服。
 そして、アイフェンの目を焼いた護身刀。
 多聞が地面に置いていたセンサープレートを、護身刀に照らし合わせた。
 なるほど、あの護身刀に高城の居所を把握できる装置が埋め込まれていたわけか。
「君・・・」
「随分と雰囲気は様変わりしているが、その気配は、堕天朱雀だな」
 心臓が震えた。
 まさか、こうもアッサリ見抜かれるとは。
「陛下はご無事か」
「あ、ああ。元気にしてる」
「そうか」
 無表情を崩さなかった多聞の顔に、やっと安堵が浮かぶ。
 アイフェンが口を開こうとした時、ポケットの携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
「――――クロスか。技芸が見つかった? うん、うん、ああ、わかった・・・やれやれ。とにかく、診療所に運んでおいてくれ」
 発見された技芸は、浜辺にずぶ濡れで気を失っていたらしい。
 おそらく、考えなしに瞬間移動を繰り返し、海の真上にでも出て溺れたのだろう。
 こういう猪突猛進型のドン臭さが、当時からかいたくなる要因であったが、今現在、保護する立場となると、頭痛の種だ。
「やはり技芸も来ているのか」
 多聞の質問に頷いて見せる。
「多聞、休戦協定を結ばないか? 一緒に来てほしい。道々、すべての事情は説明する」
「・・・よかろう」
 アイフェンは多聞をヘリに案内し、共に機上の人となった。
 技芸とも、こうすんなり話がまとまるなら、あんなに頭を痛めなくても済んだのに・・・と、ため息がもれたアイフェンだった。



 多聞が過去に来た経緯も、技芸と同じだった。
 技芸が飛び込んだのを追った形で、力の渦に巻き込まれたらしい。
「戦闘以外でむやみに力を使うなと、いつも陛下が仰っておられるだろう。何故言いつけが守れん」
 意識を取り戻した技芸が、ベッドの傍らに立つ多聞に気付いた時の表情は、実に哀れを誘うものだった。
 彼女が多聞を恐れているのは、一目瞭然。
 アイフェンとしては、目の離せない猪突娘の抑止力と手を組めてありがたい限りだが、技芸が少々気の毒だった。
「悪い子だ。そういう悪い子は、陛下はどうなさる?」
 多聞の前に立たされて、すっかり小さくなっていた技芸が、クスンと鼻をすすり上げてお尻を擦った。
「ちゃんと答えなさい」
「・・・お仕置き・・・」
「では、陛下がいらっしゃらない時、お仕置きをするのは?」
「・・・多聞」
「なら、ここに来て、お尻を出しなさい」
 おずおずと多聞が叩いた膝に歩み寄った技芸が、チラリとアイフェンを流し見た。
 お仕置きを見物する気もないのでドアを開ける。
「あ!」
 出ていこうとするアイフェンを、技芸が置いてけぼりの子犬のような目で見る。
 なんだ、庇ってほしかったのか。
 可哀想ではあるが、懲らしめられて当たり前という思いもあるので、肩をすくめて無情にドアをくぐる。
 ドアを閉める時、多聞にすくい上げられるようにして、膝に腹這いにされた技芸が見えた。
 ピシャリピシャリという音と、泣き声が、ドア越しに聞こえ始める。
 朱煌が嫁いで以来、久しくラ・ヴィアン・ローズ本陣に響いた、妙に懐かしい騒ぎであった。



 診療室に行くと、クロスが玄関から入ってくるところだった。
「嬢ちゃんはお仕置き中か? 外まで聞こえてるぞ」
「懐かしかろう」
「まあな」
 哄笑したクロスは、ベッドに腰を下ろした。
「しかしまあ、次から次へと。よもや、玉座の盾とやらが全員集結したりはしまいな」
「多聞の話では、あの時に飛び込んだのは彼らだけだそうだから、もう打ち止めだ」
「そう願いたいね。年寄りの脳みそに、この超常現象の連続はこたえるからな」
「いや、もうひとつ起こるな」
 アイフェンは床板を上げてワクチンケースを取り出すと、中からアンプルを取り出して、クロスに見せた。
「もう、一回分のワクチンしかない。ジェスを未来に連れて帰らなければ、BBCから救えない」
「・・・そうか。帰るか」
 アンプルをケースにしまい、アイフェンは黙って頷いた。
 協力を頼めるのが技芸だけなら不安だったが、多聞がいれば、成功するだろう。
 そして、歴史はアイフェンの知る通りに、動き出す。
 苦笑が漏れる。
 母・朱煌が死んで以来、ラ・ヴィアン・ローズで戦いながら、ずっと疑問だったし、憤りすら感じていた。
 そもそも何故ラ・ヴィアン・ローズ将軍は、消息を絶ったりしたのかと。
 彼が消息を絶ったりしなければ、民間人として暮らしていた『紅蓮朱雀』に出動要請などされなかったはずなのに。
 若きラ・ヴィアン・ローズ戦士・堕天朱雀は、ずっとそう考えていた。
 よもや、その原因が自分だったのだと、知る由もなく・・・。
「アイフェン・・・、ちょっと待て」
 何かを思い出したように、クロスがベッドから立ち上がった。
「ジェスがいなくなると、お前に聞いた未来の話の辻褄が合わない。同盟側に属していたラ・ヴィアン・ローズ、そのカリスマを持った指導者。それがマジェスティー将軍でなかったなら、ラ・ヴィアン・ローズを率いていたのは、誰なんだ」
 無言のままのアイフェンに、クロスの顔が歪み、その巨体が崩れるように床に跪く。
「死ぬのは・・・姫さま、なのか」
 アイフェンがゆっくりと頷いた。
 刹那、クロスが咆哮のような声を上げ、幾度も床に拳を打ちつけて泣いた。
 ようやく平凡な幸福を手にした朱煌が、再び戦火に引きずり込まれて、若くして死ぬ。
 そのきっかけを、彼女が幼い頃に作ったクロスの例えようもない後悔の涙は、随分長い間、止まらずにいた。
 そんな彼を黙って眺めていると、その姿がマジェスティーと被った。
 連れて帰る為には、彼にすべてを知らせなくてはならない。
 マジェスティーもまた、こうして慟哭にうち震えるのだろう。





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