FC2ブログ

ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀4

 ←堕天朱雀 続行のこと。 →堕天朱雀5
 アイフェンのベッドで昏々と眠る技芸。
 その額にまとわりついた髪を、アイフェンはそっと掻き上げた。
 技芸はあの頃と同じ十二歳の姿。
 これはどういうことなのだろう。
 アイフェンも堕天使の力のせいか、素顔も肉体もあまり老いを知らず、三十代男性に見えなくもないほどだが、彼女は明らかに年を取っていない。
「・・・ぎぃちゃんが起きてくれないことには、だな」
 しかし、目覚められても、色々面倒が起こりそうで・・・。
 ここが過去であれ、ラ・ヴィアン・ローズの本陣と知ったら、技芸はどう反応するのか。
 このラ・ヴィアン・ローズは連合軍など知りもしないが、技芸にとっては長年の交戦相手。
 未来で技芸と幾度も戦ったことのあるアイフェンには、「ここは過去のラ・ヴィアン・ローズだから」と、彼女が大人しく納得するとは、到底思えなかった。
 しかも、交戦の最中、可愛らしい戦士の技芸を、若かりしアイフェンは、かなりからかっていたので、彼女には非常に、相当に、徹底的に、嫌われている自信がある。
 即ち、アイフェンが宿敵『堕天朱雀』とバレでもしたら、説得もままなるまい。
 マジェスティーの帰還までに、技芸をなんとかしなければ。
 マジェスティーは朱煌夫妻と温泉旅行の後、ゆっくり日本観光をしてくる予定なので、帰還まで日にちがあるのが救いだが。
 すやすやと眠る技芸を見ていて、頭痛がしてきた。
「アイフェン、マジェスティーの家の納戸から、姫さまの服を拝借してきた。起きたら、その子に着せてやれ」
 ノックと共に入ってきたクロスに、ポンと紙袋を投げ渡される。
 さすがに・・・人を拾いなれていると、気がきく。
「さてと。じゃあ、ちょっと話そうか」
 背後に立つクロスが言ったが、アイフェンは振り返りたくない。
ベッドの技芸を見つめながら、ヒラヒラと手を振った。
「考え事してるんだ、後にしてくれ。――――痛い!」
 いきなり耳をつねられて、アイフェンはクロスを見上げる。
 目元は仮面で隠れていても、不貞腐れているのがわかって、クロスは呆れて息をつく。
「姫さまみたいなこと言うからだ。ほれ、立て。ここじゃ、その子が起きちまう。診療室で話そう」
 嘆息を交えて立ち上がったアイフェンは、クロスに促されて歩きながら、必死で言い訳用の作り話を考えていた。
 そんな自分を省みて、またため息。
 これではまるで、叱られる前の子供ではないか。
 こんないい歳になって、自分でも情けなくなる。
 診療室に誘われ、クロスがベッドに腰を下ろしたので、アイフェンはいつものデスクの椅子に座ろうとしたが、遮られた。
「まだ座るな。正直に全部話すと約束できるなら、座れ」
 どっしりと座ったクロスの前に、立たされて詰問?
 冗談ではない。
 そんな叱られん坊状態は、御免こうむる。
 ガリガリと頭を掻いたアイフェンは、観念して、視線を宙に漂わせた。
 そして、着席。
「ついた嘘ってのは、必ずバレるもんだな・・・」
「ああ、世の中、そういうもんだ。じゃ、お前がついた嘘と、その裏の本当を、白状してもらおうか?」
「・・・ひとつ、言い訳しておくがな。あの時、本当のことを言ったって、そっちが嘘にしか聞こえなかった」
 そう前置きすると、アイフェンは話し始めた。
 


 ある程度、話を聞いたクロスは、己が額を鷲掴むようにして、もう片方の手で、アイフェンの言葉を遮った。
 仕方ない反応だと思う。
 一気に聞いて、すんなり理解できるような性質の話ではないのだから。
 話したのは、自分たちが未来から来たのだということ。
 未来では、BBC(血液黒色化腐敗症候群)という病魔が蔓延し、人類は滅亡寸前まで人口を激減させたということ。
 その病魔に打ち勝とうと開発されたワクチンが、特殊能力を持った人類亜種の子供を誕生させたこと。
 それが「堕天使」と呼ばれ、彼らの血が病魔に勝てる唯一のワクチン足り得ること。
 それによって、数の少ない「堕天使」を巡り、人類を二分する戦争が勃発したこと。
 そして、マジェスティーの未来での実年齢は六十後半で、「地球の統治者」であり、圧倒的勢力を誇る連合軍側の、総領・・・いや、すでに地球を支配する権力を有していること。
ここまでだ。
「・・・・・・あの時、ジェスが言っていたことこそが、真実だったというわけか」
 呻くように言ったクロスに、アイフェンが頷く。
「なんで、子供になった?」
「それは俺にもわからん。時間旅行なぞ、したことないんでね。推測だが、アンタに拾われた1957年は、ジェスはもともと六歳なんだ。だから、本来の年齢に引き戻されたんじゃないかと、俺は思ってる」
「・・・ジェスは?」
「知らないさ。見てきただろ。俺があいつに、未来のことを夢だと教え込んだ」
 坊主頭を何度も撫で上げるクロス。
「・・・どうやって、未来から? 未来にゃ、タイムマシンでも完成してるのか」
「いいや。俺のいた未来でも、まだまだ夢物語さ。『堕天使』の話をしたろ。俺も、その堕天使の一人なんだ」
「特殊能力児と言ってたな。その力で?」
「力の暴発。そうとしか、考えられない」
「何故すぐ帰らなかった」
「相当量の力が必要らしくてね、この数十年、力を温存してきたが、思うようにいかなかった」
 じっとアイフェンを見つめたクロスは、唖然とした。
 アイフェンの体に、淡い金色のオーラがたゆたったのだ。
 診療室の棚が開き、一枚のタオルが宙を漂ってきて、クロスの手元に落ちた。
「拭けよ、汗がすごいぜ」
 軽い力の証明。
 タオルを見つめていたクロスが、ため息をついて汗を拭った。
「こんなことをしなくても、信じるさ」
「できれば、信じてほしくないがね」
 クロス達と共に生きてきた歳月を思うあまり、つい漏れた言葉。
 その心情を察してか、クロスは苦笑していた。
「嘘から始まっただけで、今までが偽物じゃあねぇからな」
 そう、すでに本名の凰より、偽名のアイフェンで呼ばれた年月の方が、はるかに長いのだから。
「・・・もしかして、ジェスのあの発作は、その・・・」
「ああ、あれがBBCだ。放っておけば、あいつは体中の血液が黒く変色し、血管から内臓から腐敗して、死ぬ」
「なあ、アイフェン・・・」
 今度はアイフェンがクロスの言葉を遮った。
「言いたいことはわかってる。保菌者のジェスが遠い未来から、その病原体を持ち込んだから、過去・・・いや、現代に、BBCが発生したんじゃないかってことだろ」
 クロスが頷く。
「それはないと、断言できる。ワクチンを投与された保菌者からの感染はないと、未来でも立証されてる。ジェスがこの時代に来たのは、ワクチン接種後だ」
「そうか・・・」
「でなけりゃ、アンタのジープのラジオ放送で、あそこが過去だと知った時点で、ジェスはもちろん、アンタも殺して焼いたさ」
 アイフェンが肩をすくめ、クロスが憮然とした。
「仮の話だ。気を悪くするな」
「・・・かまわん。俺だって、お前の立場なら、そうする。話の続きを」
 迷う。
 どこまで話せばいいのか。
 朱煌のラ・ヴィアン・ローズ入りに、深く介入したクロス。
 その彼に、朱煌が辿る末路を、聞かせたくない。
 だが、ラ・ヴィアン・ローズを宿敵とする技芸に、ここが過去のラ・ヴィアン・ローズ本陣であると知らせない為には、クロスの協力は、必要不可欠。
「人類が世界を二分する戦争が起こったとは言ったが・・・それは始めの頃の話だ」
「そんなことはわかってる。でなけりゃ、『地球の統治者』なんか、存在しない」
「噛み砕いただけだ。そう、苛立つなよ」
 つい苦笑して、アイフェンは診療室の奥で眠る、姿は見えない技芸に視線を送る仕草をした。
「世界を二分した形で勃発した戦争は、数年後、その勢力図を一変する」
「強力な指導者の出現。それが・・・ジェス」
 アイフェンが頷いた。
 こういう時、戦争を生業として生きてきた相手と話をすると、話が早くて助かる。
「旧大国・・・つまり、この時代に世界の舵取りをしていた国々。それが、マジェスティー率いる連合軍と戦う、同盟軍。開戦当初からしばらくは、同盟が優勢だった」
「同盟軍とやらが、カリスマ性を持った指導者を失った、だろ」
「ああ・・・」
 その失った指導者が朱煌であると、クロスに知らせたくない。
「同盟軍側はカリスマを失い、今度は連合軍側がそれを得た。よくある話だ」
「その通りだ。そのよくある話の新たなる指導者が布いた政策は、見事だった」
 これは、アイフェンも認めざるを得ない。
 まだ、父・マジェスティー・・・いや、高城が台頭する以前は、堕天使たちは同盟・連合共に、ただのBBCワクチンの為の実験動物だった。
 狩られ、ワクチン製造施設に送られ、能力を封じ込める制御装置を首輪のようにはめられ、ただただ、血を抜き取られるだけの存在。
 だからこそ、堕天使は捕獲されるのを逃げ惑い、特殊能力で対抗した。
 だが、連合軍で台頭した高城は、そのすべての堕天使を解き放った。
 もちろん、新たに捕獲もさせない。
 堕天使が当たり前に、人として生活できる環境を整えたのだ。
 これにより、高城は数少ないながら、人類より強力な力を有した堕天使の、圧倒的支持を得た。
 反して、ワクチンベビーの堕天使を、BBC蔓延当時から変わらず狩り続けていた同盟軍は、堕天使に敵視される。
 堕天使の敵と、高城の敵が、完全に合致したのだ。
 連合側では、堕天使が自ら血の提供をするようになった。
 そんなものを関係なく、高城は同盟軍との戦いに志願する堕天使を徴用する。
 もとより人類にない特殊能力を持った彼ら堕天使が、武勲を塗り重ねていくのは、当然であった。
 高城はこれにより、希釈型とはいえ、広くワクチンを民間人にまで提供できる土台を作り、さらに、強力な部隊を拡大するという、二つのことを成し得たのだ。
「・・・少し考えれば、誰でも、できることだ」
 クロスが呟いた。
 アイフェンも頷く。
「だが、誰もやらなかった。同盟の一部はジェスの連合台頭前から、それを早くから主張していたが、彼らは所詮傭兵で、同盟上層部に受け入れられなかった」
「・・・そうだな。誰でも思いつくことを実行するには、権力が必要になる時がある。武力と権力じゃ、質が違うからな」
「・・・じゃあ、何故、ワクチンベビー堕天使が、迫害に近い扱いを受けたと思う?」
「簡単だ。人類が、自分たちを越える力を持つ亜種とやらを、認めなかった」
「そういうこと」
 アイフェンは席を立ち、コーヒーを入れて、クロスに渡した。
「だが、ジェスはそれをやった。やり方は荒っぽかったがね。先に実験動物扱いだった堕天使たちを説得し、味方につけ、連合上層部をことごとく処断した」
「処断?」
「処刑したのさ。そして、堕天使たちを優遇するでなく、ごく普通の市民権を与え、民間人として扱った」
「それが、彼ら堕天使の心をつかんだ」
「ああ。その特殊能力を武力とあてにしない行動が、返って、彼らに兵卒志願をさせ、堕天使は比類ない功績を上げた」
 アイフェンは技芸の眠る奥の部屋を、顎でしゃくって見せた。
「結果、堕天使たちは、ジェスを神格化すらするほどに尊敬している。技芸の金色の瞳は、堕天使の証だ。あの子は堕天使市民権獲得後の子供だが、先の堕天使に教え込まれ、親以上にジェスを慕っている。玉座の盾って親衛隊は、堕天使で構成された部隊だからな」
「・・・アイフェン、お前は? お前も、その堕天使なのだろう」
 アイフェンに渡されたコーヒーを仰いで、クロスが言った。
 しばし黙っていたアイフェン。
 ここからだ。
 ここから、言葉を選ばねばならない。
 ラ・ヴィアン・ローズの名を出さなければ、今後、技芸に対する態度を抑止できない。
 話の流れで、朱煌に瓜二つの素顔を見せる覚悟もできていたから、仮面を取り、ケロイドで潰れた両目を曝していた。
 だが、言わずに済むなら、言いたくない。
「・・・俺は、同盟軍側の堕天使だ」
「同盟軍も堕天使を徴用した? 両軍勢力図の辻褄が合わん」
「徴用なんてされていない。同盟軍に、堕天使兵士は俺ひとり」
 母・朱煌が守ってくれたから、狩られず済んでいただけだ。
「クロス、技芸の前で、ラ・ヴィアン・ローズの名と、ここがラ・ヴィアン・ローズ本陣であること、言わないで欲しい」
「・・・当時、ラ・ヴィアン・ローズが同盟側に属していた・・・と、いうことか」
 アイフェンとクロスは互いに顔を見合わせて、苦笑してしまった。
 未来の話であるはずなのに、クロスが「当時」や「属していた」と過去形で質問し、それにアイフェンが頷いたからだ。
「わかった。あの子の前で、ラ・ヴィアン・ローズのラの字も言わんさ。だが、ひとつ、聞いていいか」
「・・・ああ」
「その未来、ラ・ヴィアン・ローズを率いていたのは誰だ。いくら未来のジェスが連合軍とやらを率いていたとしても、その本人であるマジェスティー将軍閣下が率いて、そんな劣勢を強いられるとは、俺には思えん」
 アイフェンはその架空の勢力図を思い描き、苦っぽく笑った。
 マジェスティー対マジェスティー。
 その時、あの戦争はどう転んだのだろう・・・。
「俺が生まれた時には、ジェスは、もういなかった」
 クロスの顔が歪む。
 おそらくクロスは、同盟側が失った指導者を、マジェスティーだと思ったのだろう。
 それは誤解であるが、アイフェンはそれを敢えて否定しなかった。
 でなければ、言わざるを得ないからだ。
 その頃、すでにマジェスティーは消息を絶っており、ラ・ヴィアン・ローズを率いていたのが、朱煌なのだと。
 失った指導者が、『紅蓮朱雀』朱煌であるということを・・・。
「まあ・・・、そういうことだ。俺は技芸の敵であるし、ラ・ヴィアン・ローズそのものも、あの子にとっては同盟側に与する敵でしかない。だから、黙っていて欲しい。この診療所から、出さないから」
「・・・わかった。なあ、アイフェン」
 クロスに見つめられ、アイフェンはデスクに置いた仮面を、ついはめた。
 直視できなかったのだ。
 クロスの視線を。
「わかったが・・・、お前、まだ、何か隠してないか?」
 そりゃあ、こんな話を聞かされたら、色々疑いたくもなるだろう。
 アイフェンは窓辺に歩を進め、桟についた両手に体重を預けるようにして、外の景色を眺めた。
「――――ああ、隠してるさ」
 そう言ったアイフェンに、クロスはもう、何も言わなかった。





  • 【堕天朱雀 続行のこと。】へ
  • 【堕天朱雀5】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【堕天朱雀 続行のこと。】へ
  • 【堕天朱雀5】へ