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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀2

 ←堕天朱雀1 →堕天朱雀のこと。
 まさか自分の力が、時を渡るほどだと、あの瞬間までは知らなかった。
 時を渡った意識もなく辺りを見回した時、アイフェンが覆い被さった父は、大きな軍服の中で、小さな子供の姿になっていた。
 訳がわからなかった。
 高城の面影を色濃く残すこの子供が、彼自身だということを理解するにも、時間を要した。
 だが、ふと目を覚ました子供が、地球の統治者であることを認識した言葉を吐いたことで、これが高城なのだとはっきりわかった。
 包まれていた大きな軍服を引きずった子供は、ワクチンの接種を施されたことに憤っている様子で、半狂乱だった。
「余は助けろと、言ったか!? 朱煌の傍に、逝けるところだったのだぞ!」
 突然、子供に姿を変えた父と、まだ放射能汚染もなく、紫外線濃度も薄い空気に動揺していたアイフェンは、不覚をとる。
 幼い子供が軍服の腰に引っ掛かっていた熱刀を起動させたのを、避けきれなかった。
 携帯護身刀として、普段は柄だけのそれは、起動させれば光の剣を形成し、肌に触れただけで細胞を死滅させる強力な熱エネルギーを有する。
 それを、呆然としていた両目に切りつけられたのだ。
 目元から頭部を切り離されることだけは免れたが、その熱量で、両目と眉間は焼き潰された。
 熱さと痛みのあまり、子供の高城を薙ぎ払う。
 小さな体はその勢いで吹き飛び、傍らの木に叩きつけられて、意識を失った。
「あ・・・」
 火ぶくれた目を凝らし、アイフェンは倒れている高城の元に駆け寄った。
 息はある。
 死んではいない。
 ホッとした。
 いや、何故ホッとしたのか・・・。
 不安だからだ。
 どこだかわからない場所に飛ばされて、同胞といえるのは、この高城だけ。
 アイフェンは自嘲気味に髪を掻きまわしてから、周囲を見渡した。
 高城が着ていた軍服の下に、ワクチンケースを見つける。
 ここがどこだかわからない以上、BBC発症者である高城に、これは必需品だ。
 もしこのワクチンが手に入らない場所であれば、発作を起こした高城にとって、これが唯一、命を繋ぎとめる重要な役割を果たす。
 疼く目の周りのヤケドを治癒しようと思い、顔に手を添えた。
 だが、いつものように力が発揮できない。
 ここがどこだか定かではないが、あの旗艦から飛ぶのに、随分な力を使ってしまったらしい。
 ワクチンケースを手にし、子供の姿となった高城をおぶったアイフェンは、小高い丘だったそこを下り始めた。
 しばらく道なき道を歩いていると、アスファルトが敷かれた広い道にぶつかる。
「これ・・・、アスファルト、だよな? こんな珍しい舗装、初めて見た・・・」
 歴史の教科書でしか見たことがなかったそれに、恐る恐る足を乗せる。
 荒れた荒野よりは歩きやすかったので、そのまま歩を進めていると・・・、明るい光に照らされて、顔をしかめる。
「どこへ行く気だ? どっちに歩いても、人がいる場所には何十マイルとかかるぜ」
 自分を照らす光源の先から、そう声を掛けられた。
 それがクロスだった。



 クロスに拾われてジープに揺られながら、彼の質問に答える傍ら、アイフェンはジープからノイズ交じりに聞こえてくるラジオ放送に、耳を傾けていた。
 それで、この場所が1957年だと知った。
「名前は?」
 そう聞かれて、咄嗟に思いついたことを、名前として口走る。
「ファン=アイ=フェン」
 我愛你(愛してる)と、年上の憧れの女性が、自分の民族の言葉で囁いた言葉がある。
 よく、それをもじって囁き返した。
「凰愛鳳―ファン・アイ・フェン―」
 凰は鳳を愛しています・・・と。
 ジープの騒音で、ファンの部分が聞きとれなかったらしいクロスが、「アイフェンか」と言ったが、それを否定する余裕もなかった。
 後部座席で眠っている子供姿の高城。
 瞬時に計算した。
 1957年なら、本来、父が6歳。
 この姿と一致する。
 ここは、アイフェンたちにとって、過去の世界。
 状況を飲み込むのに、必死だった。
 高城がこの姿になったのは、この時代に本来あるべき姿に引き戻された? 
 そういうものなのか?
 では、自分はどうなのだ。
 まだ生まれていないこの時代で、どうしてこのままなのだ。
 時間に姿を引き戻されるというなら、自分は消滅していなければ、辻褄が合わない。
 これも、堕天使の力によるものなのか?
 わからないことだらけだった。
 ただひとつ、わかっているのは・・・。
 アイフェンは、眠る高城と抱えるワクチンケースに、交互に視線を移した。
 この手持ちのワクチンがなくなれば、この時代では手に入らない。
 そうなれば、高城は死ぬ・・・ということだけだった。



 採血した血液を、いつまでも放置しておくわけにもいかず、アイフェンはいつもの実験を開始した。
 あの時・・・すでに20数年前、未来から持ち出すことができたワクチンのアンプルは、わずかに15個。
 アンプルの中の希釈型ワクチンをそのまま使えれば、心臓に直接注入するような荒っぽい方法を取らずとも、マジェスティーに接種できる。
 しかし、手持ちのアンプルをそんな風に使って、これがなくなれば・・・もはや、マジェスティーを発作から救う手立てが途切れる。
 己の体に流れる血が、BBCの完全治癒に有効な血清となるとわかっていても、精製する機材がない。
 自分の血を、完全治癒を望める高濃度ワクチンとできずとも、せめて、心臓に直接針を打ちこまれて苦しませるようなことがないよう、希釈型ワクチンにできぬものかと、長年繰り返してきた実験。
 時折、馬鹿馬鹿しくなる。
 こうやって、自分が必死で楽な治療法をみつけようとしている相手は、敵対する連合軍の主軸である、地球統治者なのだ。
 しかも・・・。
 母を死に追いやったといえる、ラ・ヴィアン・ローズを立ち上げた男と、同一人物。
「マジェスティー・クレール・アースルーラー―冷酷な地球の統治者陛下―・・・」
 何度、この運命の皮肉を呪っただろう。
 あの時、撃破されかかった連合旗艦から、高城を救おうとして力を暴発させなければ、彼がこの時代に戻ることはなく、ラ・ヴィアン・ローズは生まれなかったはずだ。
 そうなれば、母・朱煌とて、あの未来の大戦の渦中には、いなかっただろう。
 自分を拾ったクロスが、ラ・ヴィアン・ローズ№3と称されたあのクロスだと知った時、寒気が走った。
 自分は、母を焼き殺す運命の歯車の一つになったのだということに。
 この時代でややこしいことにならない為に、地球の統治者を名乗る彼に、それは誇大妄想だと教え込み、「マジェスティー」も「C(クレール)」も「アースルーラー」も、ただの名前だと言い放った。
 少し考えれば、わかることではないか。
 マジェスティー・C・アースルーラーとは、ラ・ヴィアン・ローズを立ち上げ、母を比類なき戦士に育て上げた、男の名。
 自分が過去に父を連れてきて、ラ・ヴィアン・ローズを生み出した。
 そして、母はラ・ヴィアン・ローズ総領として、あの大戦の只中、焼き殺された。
「あ・・・」
 こぼれた涙が、試験管の血に混ざった。
 ダメだ。これはもう、使えない。
 試験管の中の血を水道に流しながら、アイフェンは止まらない涙を両手で覆った。
 馬鹿なことを、している。
 母を殺すきっかけを作った男を、ワクチン投与の苦しみから救おうと、この数十年、血液精製の実験を繰り返してきた。
 放っておけばいいんだ。
 心臓に針を打ちこまれる苦痛が嫌なら、残り少ないワクチンを、いくらでも薄めず打ってやる。
 数年もしない内に、ワクチンは切れる。
 後は、あの男が死ぬだけだ。
 水が流れ落ちる洗浄台に、試験管を投げつける。
 粉々になった試験管を見つめ、アイフェンは洗浄台の縁を握った。
 脳裏に甦るのは、針が肉を貫いて心臓に差し込まれる激痛に、泣きじゃくる小さな子供の姿の父。
 大人になった今でも、発作を隠して平静を装うとするほど、そのワクチン投与を恐れる顔。
 そして、自分を兄だと信じて疑わない、真っ直ぐな思慕。
 アイフェンは再び実験に戻った。
 旗艦で二人きりになれたあの時、見捨てて死なせていれば良かったと、後悔に苛まれながら。
 今見捨てるには、時間をかけ過ぎた・・・。



 朱煌が見つかったという連絡を受けたのは、血液精製実験がまたしてもすべて失敗に終わり、ベッドに潜りこんだ頃だった。
 ベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。
 ここでマジェスティー邸に駆け付けたとしよう。
 家出常習犯娘の朱煌を庇いにきたとマジェスティーに思われて、またあの説教を聞かされるのが、関の山だ。
「俺だって、あんな人騒がせ娘、お尻が腫れて当然だと思ってるさ」
 小さく呟く。
 それでも庇いたくなるのは、母親だから。
「ちゃんと叱れだと? 好き放題言いやがって・・・」
 お前は自分の母親を叱りつけられるのか!?と、怒鳴ってしまいたい。
 自分を拾った褐色の大男が、ラ・ヴィアン・ローズ№3のあのクロスだと気付いた時、いずれ、小さな子供の母と対面するであろう覚悟はできていた。
 その時、どう接したら良いものかと思い悩んだこともある。
 その点、父である高城、即ちマジェスティーに対しては、あまり考えなくても平気で叱りつけることができた。
 父親と母親への単なる愛情のさじ加減か、当時の自分の若さか、その辺りは自分でも定かではない。
 マジェスティーが連れ帰った朱煌と初めて対面した時からしばらく、アイフェンは、どう接していいものか、どう扱えばいいものかと、戸惑うばかりだった。
 あまり関わらないでおこうと距離を置いたり、心配ばかりかける朱煌に心底腹が立ち、きつく叱ってみたり。
 だが、自分の膝の上で、お尻を叩かれて泣いているのが未来の母親だと思うと、どうもこう・・・。
 結局、とことん腹に据えかねた時だけ叱ることにして、後はことごとく甘受した。
 それが他者から砂糖防御壁と言われようが、オリンピック折檻と言われようが、もう、どうでもいい。
 6年しか一緒にいられなかった母を、こうして身近に感じていていられるなら、それで、いい・・・。
 ベッドから起き上がったアイフェンは、鏡の前に立った。
 クロスと出逢った時、著しい力の消耗のせいで、目元は火脹れたままだった。
 ところが、クロスの家に着いた途端、力が徐々に回復していき、人間にはあり得ない速度で火ぶくれがケロイド化していったのだ。
 それはクロスが見誤りと誤解してくれてから良かったが、翌日にはすっかり完治してしまい、弱った。
 ケロイド化した皮膚が、きれいさっぱり治っていては、どう考えても疑念を抱かれる。
 そこで、アイフェンは力を微妙に操って、ケロイドを復活させて維持し続けた。
 お陰で、あの時のように時間を飛んだ能力を、発揮できないままだ。
 仮面で顔を隠すことで素顔に戻る時間を増やし、力の温存を図ってはいるが、なかなかMaxレベルに到達しない。
 自分がいた未来に戻るには、かなり時間がかかりそうだ。
 まあ、今考えれば、あまりに朱煌に似たこの顔を見られずに済む方が、得策かもしれないが・・・。
「アイフェン~~~!!」
 やおら飛び込んできた泣きべその朱煌に、驚いて顔をケロイドに戻す暇がなく、慌てて仮面をつける。
「おかえりなさいませ、姫さま。家出はもうお済みですか?」
「パパとママンが怒る~~~」
 当たり前だろうが。
 いやいや。
「仕方ないでしょう? 心配かけた上に、皆を巻き込むようなことをなさったのですから」
「私はみんなに探してなんて、頼んでないぞ!」
 さも正当な意見とばかりの主張に、眩暈。
「あれだけの人数を振りまわして探し出してもらって、叱られたくないから、また飛び出してきたんですか?」
「この世の中に、叱られたい人間なんかいるか?」
 ああ・・・、なんだろう。沸々とこう、込み上げてくる何か。
「ですから、ご忠告申し上げましたでしょう。家出などしたら、ますます穏便に済まなくなると・・・」
「うるさい。今日はここで寝る。ベッド使うぞ」
「ええ、どうぞ。ただし・・・別の使い方をした後でね、朱煌」
 ニッコリと仮面の口元に微笑みをなぞらえたアイフェンが、4本の指をゆっくり折って見せた。
 4本の指が示す意味と、「朱煌」と呼ばれたことで、朱煌の顔色が変わる。
 そう、以前叱りつけた時から、ちょうど4年。
「やっぱり帰る」
 そそくさと踵を返した朱煌は、いとも簡単にアイフェンに抱えられ、ベッドに腰を下ろした彼の膝の上に腹這いにされてしまった。
「~~~いやああああ!!」
 滅多に怒らないアイフェンのお仕置きが、ラ・ヴィアン・ローズで一番厳しいのを身に沁みている朱煌は、必死で膝から抜け出そうともがくが、無駄な抵抗。
「毎度毎度、変わり映えしない言い分と行動、そして、忠告を聞き入れない態度! 4年分、たっぷり反省させてやるから、覚悟しろ」
 


 心配しているであろうマジェスティーに連絡を入れる。
 電話越しの安堵の息と、苦笑気味の咳払い。
『煌の泣き声が聞こえるんだが・・・』
 アイフェンは、真っ赤に腫れ上がったお尻を曝したまま、壁を向いて立たせている朱煌を見た。
「泣きやんでないからな」
『叱ったのか?』
「ああ。オリンピックの年だったしな」
『・・・あまり、きつく叱ってやるなよ・・・』
 肩をすくめる。
 ちゃんと叱れと言ったり、あまりきつく叱るなと言ったり、どっちなんだと思わなくもないが、マジェスティーの気持ちもわかるので、反論する気も起らない。
「とにかく、もう真夜中だし、姫さまはここに泊めるから、心配するな。じゃあな」
 一方的に電話を切って、ベッドに腰掛ける。
 ぐすぐすとしゃくり上げている朱煌を見つめ、ため息。
「姫さま」
 呼びかけると、拗ねたような泣き顔が振り向く。
「こちらにいらっしゃい」
 ビクッと首をすくめた仕草に、思わず笑いが漏れる。
「お仕置きはおしまいです。寝ましょうね」
 壁から離れて、おずおずと近付いてきた朱煌の下着を上げてやり、ベッドに寝かせる。
「お尻痛い・・・」
「うつ伏せますか?」
「ううん、こうがいい」
 一緒に横になったアイフェンの胸に抱きつく形で、ベッドにお尻が触れるのを回避した朱煌。
 その小さな体を、そっと抱き寄せた。
 こうして、同じように母に抱き寄せられて眠った頃を思い出す。
「姫さま」
「お説教なら、もう受け付けないぞ」
 お仕置きが済んだとなったら、これだ。
 アイフェンは苦笑して、首を横に振った。
「凰・・・と、言ってくださいませんか?」
「コウ?」
「はい。凰と・・・」
「コウ」
「もう一度」
「コウ」
 目をつむる。
 ――――凰。
 そう呼びかけて、髪を撫でてくれた母の姿が、鮮明に脳裏に浮かんだ。



                          終



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