ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

堕天朱雀1

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「姫さま! 出ていらっしゃい! 今出てらっしゃらないと、お尻ぺんぺんでしてよ!」
 レーヌの声が聞こえて、12歳の朱煌は顔を赤らめ、うんざりしたように額を押さえた。
「そんな恥ずかしいセリフ、大声で喚くなよ・・・」
 それを見ていたアイフェンが苦笑する。
 アイフェンの診療所に逃げ込んで、彼のデスクの下に隠れていることだって、十分恥かしい姿だと思うが・・・。
「素直に出頭なさった方がよろしいかと存じますが?」
 デスクの下を覗き込んだアイフェンに、朱煌が憮然とそっぽを向く。
「どうせお尻ぶたれるのに、出ていけるか」
「自首すれば、ぶたれないと思いますよ」
 今の時間からすると、おそらく朱煌が勉強の時間を抜け出してのお怒りであろうから、それくらいのことで、レーヌがお尻を叩くとは思えない。
 そりゃあ、長いお説教と、課題を増やされるくらいのお仕置きはされるだろうが、お尻を叩かれるよりマシであろうに。
「叩かれるさ! 今までだってぶたれた!」
――――それは、あなたが逃走劇を拡大するからではないか・・・。
 逃げるのに崖を下ってレーヌをハラハラさせたり、チビで前も見えないのに車を運転して逃亡を計ったり、森に逃げ込んだはいいが迷子になって、本陣の傭兵総出での捜索になったり・・・。
 即ち、心配ばかりかけるからだ。
「レーヌさまは、別にお仕置きしたくてあなたを追い回しているのではないかと・・・」
 アイフェンは思い切り蹴られた脛を擦って、顔をしかめた。
 顔は鼻まで仮面で覆われているから、見えるのは口元だけだが、それでも痛そうに顔を歪めているのはわかる。
「レーヌの味方ばかりするからだ!」
 謝りもしないのだから・・・。
「でも、ずーっとここにいらっしゃるおつもりですか?」
「家出する」
「またですか?」
 苦笑気味のため息をついた途端、また思い切り蹴られて、アイフェンはさすがに脛を押さえてうずくまった。



 朱煌がレーヌの隙をついて診療所を出ていくと、コーヒーまみれになったアイフェンは、シャワーを浴びるために立ち上がった。
 出ていく際、家出などしたら、ますます穏便に済まなくなると忠告したのだが、朱煌が苛立ってデスクに置いてあったコーヒーを引っかけていったのだ。
 服を脱ぎ、外した仮面を洗面所ですすぐ。
 鏡に現れた、素顔。
 それは成長した朱煌そのものだった。
 違うのは、その瞳の色が金色であることと、衣服をまとわない体が、男性だというだけ。
「青痣になってる・・・。ホントにメチャクチャするんだから、あの人はもう・・・」
 脛に手を当てて、その手の平が金色に揺らめく光に包まれると、青々していた痣が、すーっと消えて、元通りの肌に戻る。
 シャワーのコックをひねると、アイフェンはコーヒーにまみれた髪を洗い始めた。
 一通り洗って、コーヒー臭さが抜けた体にバスローブを羽織って、診察室の後ろの自室へ。
 ソファにかけて髪をタオルで掻きまわしていると、診察室の方で声がした。
「アイフェン、いるか?」
 マジェスティーの声だ。
「ああ、こっちだ」
 顔に、また金色のオーラたゆたう手の平を当てる。
 その手の平が離れた時、アイフェンの目元は、またケロイドに埋もれた。
 部屋に入ってきたマジェスティーの少し慌てた様子で、何が言いたいのか察しがつく。
「姫さまなら、家出なさったぞ」
「またか! ていうか、アイフェン! 知ってたんなら、止めてくれよ」
「私が止めて聞くような方じゃない」
「それはお前が甘やかすからだろ。大体、どうしてそうなんだよ。煌のこととなると、寛大を通り越して聖人君子。ラ・ヴィアン・ローズでお前がなんて言われてるか、知ってるか? 煌の砂糖防御壁だぞ」
 また始まった・・・。
 マジェスティーがくどくどと言いだしたのを、いささかうんざりして聞き流す。
 自分だって朱煌には甘いくせに、アイフェンには一人前にこんな説教をするのだから。
「・・・生意気になりやがって」
 思わず呟くと、マジェスティーが腕を組んだ。
「なんか言ったか?」
「別に」
 あー、生意気だ、生意気だ。
 小さな頃は、この膝の上でお尻を叩かれて泣いていたくせに。
 アイフェンがレンブラント家で、どんな気持ちでマジェスティーを育て、今ここにいるのかを、知りもしないくせに。
 ・・・まあ、知られても困るのだが。
「叱るところはちゃんと叱ってくれないと、困るんだ」
「叱ってるじゃないか」
「叱ってるけど、そんな4年に一度のオリンピックみたいな叱り方じゃなくて・・・」
「こんなとこで油売ってないで、さっさと探しに行けよ。まだ遠くには行ってなかろう」
 ヒラヒラと手を振ると、マジェスティーはまだ言い足りない様子ではあったが、仕方なしに出て行った。
それを見送って、アイフェンはフンと鼻を鳴らす。
「人の気も知らないで・・・、バカ親父が」



 夕暮れ近くになっても朱煌はみつからないらしく、捜索に駆り出された本陣住まいの傭兵たちが、ぞろぞろと森に向かっていた。
 それを窓から眺めていたアイフェンは、やれやれと肩をすくめる。
「人騒がせな人だな、まったく」
 朱煌の戦場以外での武勇伝・・・というか、人騒がせ列伝は、養父の黒荻から色々聞かされていたので知ってはいたが、現実に目の当たりにすると、周囲の人々が気の毒だった。
 よく黒荻に、「お前は朱雀じゃなく、煌の方の朱煌に似ている」と評されたが、冗談じゃない。
 母に似ていると言われるのは嬉しいが、いくらなんでも、あんな人騒がせな子供と同じにされるのはご免だ。
「母さん・・・、これじゃ俺でも庇いきれないよ」
 苦笑を深めて、アイフェンは機材の整った実験室に向かった。
 そう、アイフェンは、朱煌の実の息子である。
 逆転の年齢差は、彼が未来からやってきた男だからだ。
 この先の未来で、突如発生した病原体(BBC―ブラック・ブラッド・症候群―)で滅亡寸前だった人類の中で、気休めの治療行為であった臨床実験から生まれた子供達がいた。
 開発中のワクチンは、妊婦だけにその効力を発揮。
 そして、その妊婦から生まれた子供の血を精製にかけたものが、BBC感染者の特効薬となった。
 人類滅亡前の奇跡が起こったのだ。
 だが、せっかく与えられた奇跡を、愚かな人類は棒に振る。
 ワクチン・ベビーとして生まれた子供を巡って、地球上を二分する戦いに発展させてしまったのだ。
 ワクチン・ベビーが母親から狩られ始めると、赤子たちは我が身を守る術として、人類には無かった力を見せるようになった。
 超能力に似た、特殊能力。
 未知数の能力を有する超生命体と位置付けられた子供達は、畏怖の念を込めて、「堕天使」と呼ばれるようになる。
「勝手なことばかり言いやがって・・・。いっそ滅亡しちまえ」
 実験室で、腕に当てた針を差し込み、採血を始めたアイフェンが呟いた。
 彼もまた、「堕天使」の一人。
 朱煌が我が身を再び戦争に投じることで守られて、母親のそばに居続けられた。
 ――――たった、6年の間だけだったが・・・。
 採血した血を、試験管に小分けに移してく手が止まった。
「何やってるんだ、俺・・・」
 


 アイフェンが未来から、この時代に飛ばされたのは、戦闘の只中だった。
 別に来ようと思ってきたわけではなく、自分でも未知数の力が暴発して招いた結果だ。
 ラ・ヴィアン・ローズ戦士の一人として戦う相手は、地球の統治者にまで成り上がっていたアイフェンの実の父親が率いる、地球統一連合軍。
 対する旧大国同盟に属するラ・ヴィアン・ローズは、連合軍に反乱軍と称される。
 唯一の軍神と謳われた紅蓮朱雀を12年も前に失ったラ・ヴィアン・ローズは精彩を欠き、戦局的に不利な戦いを余儀なくされていた。
 ラ・ヴィアン・ローズの旗印であり、それを興したマジェスティー・C・アースルーラーは、戦争が始まるずっと以前に消息を絶っており、『堕天使狩り』リストから息子を外す条件をのむ形で、朱煌がラ・ヴィアン・ローズに復帰し、総領の地位についた。
 その頃は、朱煌率いるラ・ヴィアン・ローズの力を土台に、旧大国同盟は連合軍に対し、圧倒的優位を誇っていたのだ。
 だが、連合軍から守り抜いた同盟の領土を視察に訪れた朱煌は、長の戦争に疲弊した市民の怒りを一身に受ける形で、襲撃され、暴徒と化した彼らの手によって、生きながら炎に焼かれて・・・死んだ。
 それは私刑を下した彼らの意志により、生々しく世界に中継される。
 泣きながら震える祖母・瞳子の腕の中で、アイフェンはその中継を目の当たりにした。
「――――助けて! 死にたくない! いやだ! 助けて! あなた! 凰! お母さん!」
 炎に巻かれ、泣き叫ぶ母・朱煌の姿を、鮮明に覚えている。
 傍らで、その中継を凝視し、蝋人形のように固まっていた父、高城の姿も・・・。
 紅蓮朱雀ともあろうものが、みっともない死に様を曝したと、その中継を見ながら吐き捨てた同盟の士官が、その場で高城に殺された。
 高城が人格を一変させた瞬間だった。
 あんな冷たい目をした父を、初めて見た。
 母を間に旧知の親友であった黒荻の制止を振り切り、高城は連合軍に合流。
 同盟の主戦力であるラ・ヴィアン・ローズの内情に精通した高城は、連合に諸手を上げて歓迎され、そこから始まった復讐劇。
 朱煌を焼き殺した市民たちは、都市ごと焼きつくされた。
 それだけに留まらず、高城は再び朱煌を戦争の渦中に誘った同盟を敵視。
 一旦戦闘となれば、徹底した掃討作戦をもって対処した。
 同盟側に与しているとなれば、女子供にも情け容赦のないそれは、高城に「king・ cruel―冷酷王―」の異名を与える。
 朱煌を守り切れなかったラ・ヴィアン・ローズにも、憎悪は等しく向けられ、朱煌が終息に向かわせていた戦争は、更に拡大した。
 同盟に対峙する為に結束された、ただの連合国だった国々はいつしか、冷淡な魔王と化した高城に掌握される。
 ラ・ヴィアン・ローズは同盟に降伏の道を幾度も打診した。
 けれど、底知れない高城の憎しみが、上層部の決断を鈍らせる。
 確かに、今降伏すれば、同盟上層部は高城に処刑されるだろう。
 だが、打診するラ・ヴィアン・ローズとて、それは同じ境遇だ。
 おそらく高城は、ラ・ヴィアン・ローズを許さない。
 それでも、同盟側に属す市民の命を天秤にかければ、降伏し、終戦に持ち込むべきだった。
 同盟上層部は足掻く。
 そんな中で迎えた、最終局面。
 アイフェンは18歳になっていた。
 その戦闘中、朱煌との息子だけには情けをかけた高城の罠にかかり、アイフェンは彼が乗り込む旗艦の懐深くまで侵入してしまったのだ。
 久しく対面した、父と息子。
 アイフェンは父が嫌いだった。
 いや、嫌いになっていた。
 母を失い、憎悪だけで動き始めた父親。
 それが、単なる八つ当たりであると、わかっていたから・・・。
 母を・・・朱煌を守るべきは高城であり、それができなかったことを、すべて人のせいにして、怒り狂っているだけではないか。
 殺してやろうと思った。
 連合を統べ、地球の統治者などに納まり、陛下などと呼ばれるこの男がいるから、同盟上層部は保身優先で降伏に応じない。
 その間にも、死に逝く兵士や民間人。
 こいつさえ殺せば。
 そう思った瞬間だった。
 高城の発作。
 全身の血管が黒く浮き上るそれは、BBCの末期症状だった。
 信じられなかった。
 彼の立場なら、とっくに完治できる希少価値の高濃度ワクチンを投与できたはずだ。
 現に、アイフェンが捕縛された旗艦にだって、この時代には常備が当然とされた「堕天使」の血液を精製した応急処置用の希釈型ワクチンが、至る所に備え付けられていた。
 床に倒れ伏した高城を見下ろし、アイフェンは早鐘を打つ胸を押さえる。
 このまま放っておけば良いのだ。
 そうすれば、高城は確実に・・・死ぬ。
 病原菌で黒く染まった血液に、内臓すべてを冒されて。
「父さん・・・? アンタ、死にたいのか?」
「・・・死にたい、わけじゃ、ない。ただ・・・余は、朱煌が迎えにきてくれるのを、待ってる、だけだ」
「馬鹿か! 今のアンタを、母さんが迎えにくるわけないだろ!」
 こんな復讐鬼が、母の愛しい夫のはずはない。
「畜生!」
 アイフェンは周囲を漁り、ワクチンケースを見つけた。
「邪魔するな・・・。余は、朱煌のところに行く」
「だから! 今のアンタを母さんに会わせられないって言ってるの!」
 殺そうとしていた父親の、あまりに身勝手な言い分に、アイフェンは心底腹を立てていた。
 救いたくなんかない。
 こんな冷酷非情な男。
 だが、生きていた頃の母が、この男をどんなに慕っていたか、覚えているから・・・。
 こんなに変貌してしまった状態で、会わせられるか!!
 ワクチンケースを抱えて、床に横たわる高城の傍に駆け寄った時だった。
 旗艦が被弾。
 最終局面での、同盟側の必死の攻勢ぶりがうかがえる。
「陛下―――! ご避難ください! ここを開けてください!」
 高城の親衛隊が、ドアの向こうで叫んでいた。
 更に第二波。
 激しく揺れた旗艦。
 必死でワクチンを接種した。
 アイフェンと高城がいた部屋の天井が、崩れ落ちる。
 ワクチンケースを抱きしめたまま、高城に覆い被さる。
 逃げなければと思ったのは、覚えている。
 意図せず、金色の光を放つ堕天使特有の能力発動反応が、彼らを包みこんだ。





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