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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀15

 ←紅蓮朱雀14 →紅蓮朱雀のこと。
――――マジェスティーの日記より抜粋。


 傭兵ギルドとの不可侵条約も、彼らの頭がすげ変わったことにより、ラ・ヴィアン・ローズ潰しを画策しているという予見はあった。
 だが、それがよりによって、私の不在中に起こるとは・・・。
 近隣住民をいち早く非難させた煌の適切な判断により、村人に被害が及ばなかったのが、不幸中の幸いだった。
 しかし、これは由々しき問題として、重く受け止めねばなるまい。
 然るに私は、拠点の移動を決断した。
 我々の存在が、一般民間人に類を及ぼすことがないように、市街地より遠く離れた土地を買い上げ、そこで生活しようということだ。


 言うは易しであり、これがなかなか難航した。
 まずは内部事情であるが、レーヌは欧州を推しており、理由は格式と伝統のある土地柄で煌を育てたいというもの。
 貴族出身のレーヌらしい主張に、私は鼻白んだ。
 第一、人里離れて暮らそうという私の考えから、大きく逸脱しているではないか。
 私とレーヌは、真っ向から意見を対立させることになる。
 更に普段は自己主張を控えるアイフェンが、この激論に拍車をかけた。
 何も拠点など置かずとも、この情報化社会であれば、各地を転々とする形をとっても、仕事上差し支えないというのだ。
 襲撃を懸念するなら、それが最も適した生活スタイルであったが、煌に根無し草のような暮らしをさせたくない。
 その点において、レーヌと私の意見は合致。
 彼女と共同戦線を張り、アイフェンの意見は却下した。
 ラ・ヴィアン・ローズの拠点移動問題に、各国も動き出し、話はますますややこしくなった。
 米国はラ・ヴィアン・ローズが米国領以外に拠点を設けることに難色を示し、欧州は、米国に軍事力が集中することをよしとせず、双方がこぞって、拠点の土地提供を申し出た。
 私としては、何も欧米諸国に限って選択しようとしていたわけではないのだが、仕事上の付き合いを考えると、無下にできないのが実情である。
 それからしばらく、レーヌと二人で候補地の下見に出かける日々が続いた。
 家に帰ると、クロスとアイフェン、そして古参の部下たちを交えて会議。
 傭兵活動に適した立地であることはもとより、大切なのは、煌の為の環境。
 殺伐とした戦場から帰る場所である以上、心が安らぐ場所であって欲しい。
 私はあの子が、大自然の中で伸び伸び成長する姿を望む。
 無論、それだけではなく、欧米諸国の思惑にも、考慮する必要がある。
 こうなると、私が最もたる得意先である米国の意向をのむであろうと予測したレーヌは、大そう不服げであった。
 彼女の予測通り、私は米国提供の土地を買い上げることを決めた。
 得意先というばかりでなく、彼らが上げた候補地のひとつに、私の理想にぴったりと当てはまる場所があったのだ。
 その理想というのは突き詰めれば、自分が育ってきた環境を煌にも味あわせてやりたいということで、自分が生まれ育った貴族社会で煌を・・・というレーヌと同じ理屈であり、私の意見だけを正当化するのは、なんとなく憚られた。
 そんな思いもあって、米国との拠点設置交渉を彼女に一任したのだが、これが、誰も予想し得なかった、レーヌの外交手腕を目の当たりにすることになる。
 レーヌは自分が本来は拠点を欧州に置きたいのだと明言した上で、こちらの条件をのまないなら、交渉決裂とみなして、即座に欧州に拠点を置くと言いきった。
 その上で、ラ・ヴィアン・ローズが米国民でないことを明示し、納税を拒否。
 納税を要求するなら、依頼の際の契約金を、諸外国の2割増しと迫った。
 結局、米国に納税義務なしと約束させ、あまつさえ、拠点の自治権すら認めさせてしまったのだ。
 お姫様育ちのレーヌならではと言える、怖いもの知らずの交渉術に、さしもの私も舌を巻いた。
 こうして、ラ・ヴィアン・ローズが『本陣』と呼ばれるようになる拠点を定めたのは、煌が10歳の時である。


 欧州側への妥協案としては、ラ・ヴィアン・ローズの外交の要であるレーヌが、一年の三分の一を欧州に住まうという形で決着を見た。
 その三分の一という期間は、煌が任務につく期間である。
 つまり、煌が拠点にいる残りの三分の二は、常にレーヌも傍にある・・・ということで、この決定を聞いた煌が浮かべた表情は、実に憂鬱そうであった。
 まあ、確かにレーヌは少々口うるさいが、そんな顔をしなくてはならないようなことばかり、煌が仕出かすからだ。
 あの子には、家に怖いものがあるくらいでちょうどいい。
 朱雀としてなら、以前とは比べ物にならないほどの成長ぶりを見せ、むしろ大人も真似できないような冷徹な采配を下せる、必要なことしか喋らないような鉄面皮の指揮官となった。
 だが一旦、煌となれば、やんちゃでいたずらで活発で、「聞き分け」というものを任務で使い果たしてしまったのだろうかと、心配になるほどだ。
 任務で削り取られるような精神の疲労を、煌として発散しているようにも思うから、極力叱らないようにしているつもりの私でさえ、月に一度二度、お尻を叩いているのだから、レーヌが課すであろうお仕置きの数を考えると・・・煌のお尻より、彼女の手の方が気の毒に思えてくる。


 拠点の移動は即ち、煌がせっかく仲良くなった村の子供たちとの、別離を意味している。
 正直いえば、友達と離れたくないと、駄々の一つもこねて欲しかったのだが・・・。
 煌は仕事だから仕方ないと割り切ってしまっていた。
 家族以外の人間に対しては、まだまだ冷めた部分が抜けきらないようだ。
 煌には同世代の子供たちと、同じ時間を共有することで得られる心の財産が足りていない。
 それがわかっているのに、親の都合でそれを取り上げ、人里離れた場所に住まわせなければならないのだから、どうにも胸が痛んだ。


 
 新たな拠点の生活は、不便といえば不便である。
 何しろスーパーマーケットどころか、商店街すら近隣にないのだから、自家用ヘリやセスナは必需品。
 それで、週に一度、煌とレーヌ、それとクロス夫妻を伴って、買い出しに出かける。
 これは日曜礼拝に出向くついででもあった。
 ただ一人、無神論者の煌は、礼拝の間、一人で外で遊んでいたのだが、チンピラと乱闘騒ぎを起こして以来、洗礼はしないまでも、礼拝には参加させるようにした。
 まったく。煌の時は朱雀の時に比べて、著しく判断力が低下するのだから・・・。
 そんなことをしたら、お尻が真っ赤になるまで叱られて、当たり前ではないか。


 話が前後してしまったが、この買い出しの前日・・・つまり土曜には、家族でピクニックに出掛けることが多い。
 これは残りの食材の整理の意味合いも含まれる。
 このピクニックにはアイフェンも同行した。
 時々、クロス夫妻や、クロスの息子家族、ほかの傭兵たちも一緒に行くこともあった。
 そう遠出するわけではないが、家の近くの林を抜けると、眺めの良い小高い丘があるのだ。
 小川のせせらぎも心地よい、ピクニックには絶好のポイントだった。
 レーヌの作った料理をつまみながら、味わうワインは格別である。
 そのせいか、普段無口なアイフェンも口が滑らかになり、談笑が弾むので、とても楽しい。
 野原で子犬のようにはしゃぐ煌を、シートに寝転がって眺めていると、私たちが傭兵であることを忘れてしまうような、穏やかな時間。
 クロスの末の孫娘のアンジェラは、煌より2つ年長で、よくこのピクニックに参加していた。
 私が煌に年の近い友達を作らせてやれないことを嘆いていたので、クロスが気をきかせて連れてきてくれるようになったのだ。
 煌とアンは、寄ると触るとケンカになる。
 クロスに似て体格の良いアンは、東洋人としても小さめの煌より、ずっと大人びて見える。
 自分よりはるかに幼い姿の煌が、祖父のクロスを部下然と扱うのが、アンの癪に障るのだろう。
 そうと知っていて、煌はますますクロスに尊大な態度をとるものだから、最後はいつも取っ組み合いの大喧嘩。
 二人を傍で見ていると、殊更仲が悪いわけでもなさそうなので、子供の成長過程の必要要素として、見守るだけにしている。
 大抵の場合、レーヌの一喝で収まるし。
 そういえば・・・、昔のレーヌは決して大きな声など上げない手弱女(たおやめ)であったのに、近頃めっきり迫力がついた。
 母は強しとは、よく言ったものだ。


 煌が12歳になって間もなく、毎朝のように体の痛みを訴えるようになった。
 ほかに症状らしきものはないが、煌の話では、夜眠っていると体の節々が軋み、痛みで目が覚めることもあるという。
 心配でアイフェンに診断を頼んだが、一笑に伏されてしまった。
 これは成長痛だというのだ。
 成長痛とは、成長期の少年にたまに見られるもので、急激な身長の伸びで間接が軋み、痛みすら感じるというものだった。
 寝る子は育つというだけあって、背丈は夜寝ている間に伸びるのだから、煌の話とも一致する。
 しかし、それはあくまで男子の成長期の話であって、成長が男子より早い分、緩やかな女子にそれが起こるなど、聞いたこともない。
 半信半疑であったが、よくよく煌を観察してみると、先日まで着ていたエプロンドレスが窮屈そうだし、抱きついてきた肩の位置がまるで違うではないか。
 身長を測ってやって、驚いた。
 なんとまあ、一ヶ月で15㎝も伸びているではないか。
 そりゃあ、体も痛むはずだ。
 今まで極端に小さかったから、この子はあまり大きくならないのだなと思っていたのに、この成長痛以来、あっという間に同い年の平均身長を上回ってしまった。
 男の子のようだとは常々思っていたが、まさか成長過程まで男子並みとは、呆れた娘だ。


 年を重ねるごとに、煌は美しくなっていく。
 グンと伸びた背丈に見合う、すらりと長い手足。
 艶やかな黒髪は、真っ直ぐに背中を覆うほど伸びた。
 細面で切れ長だが大きな瞳は凛として、意志の強さをうかがわせる引きしまった口元。
 美少女というより、相変わらず美少年のようではあるが、もう幼子ではない。
 立派に娘に成長した。
 もうレーヌより目線は高く、15歳を境に私生活でも落ち着きが出てきたように思う。
 最近は、レーヌの小言も激減したし、私が膝に乗せてお尻を叩くことも、あまりない。(できれば、無いと書きたいが、思い当たる記憶が年に一、二回あるので、ここは正確に書いておく)
 そういえば先日、レーヌが己の非力を忘れて大きな衣装箱を運ぼうとして転び、それを抱きとめた煌が、彼女をたしなめている場面を目撃してしまった。
 着実に、煌の成長がうかがえる出来事だった。
 レーヌに連れて行かれる外交という名の晩餐会やお茶会の席も、そつなくこなしているようで、ラ・ヴィアン・ローズの二の姫などという呼称がすっかり定着しているらしい。
 初めて聞いた時は、じゃあ一の姫はレーヌなのかと思ったら・・・まさか紅蓮朱雀と煌が、まったくの別人として認識されているとは思わなかった。
 私はいつの間に、二人の娘を持ったんだ。
 最近頭が痛いのは、その二の姫さまへの縁談話。
 この間なぞ、レーヌがやけに浮かれていると思ったら、ある国の皇太子妃にという話まで持ち上がったらしい。
 嬉々として話を進めようとしていたレーヌを、私がきつく制止した。
 ラ・ヴィアン・ローズは今や艦隊まで備えた、軍事国家にも等しい。
 その総領姫である以上、あの子が一国の主権を握る立場に立つことなど許されない。
 この私の主張は、完全な正当性を帯びているから、レーヌも渋々ながら閉口した。
 だが、私自身は知っている。
 これは、大義名分だ。
 私があの子を誰にも渡したくないだけ。
 ・・・あの子には、一つの癖がある。
 考え事をしている時、無意識に、胸元で拳を握る仕草をする。
 その拳の中には、いつも首から下げている、ペンダントトップのサファイアのピンキーリング。
 あの子が6歳の時、あの事件の直前、高城とかいう男にプレゼントされたものだ。
 たった6歳の子供に、婚約指輪と称して渡された、それ。
 10年後の、結婚の約束。
 あの癖を見る度、忌々しい気分でいっぱいになる。
 煌の中に、その約束が息づいているのを思い知らされて・・・。
 今月、煌は16歳になってしまう。





 ペンを走らせていた手を止めて、マジェスティーは顔を一撫ですると、深い吐息をもらした。
 執務室のデスクを離れ、コーヒーを淹れて窓辺に座る。
 ふとデスクを見た。
 昨日の早朝、出立の挨拶にデスクの前に立った軍服姿の朱煌が、脳裏に浮かぶ。
 いつもなら朱煌の誕生月には仕事を入れさせないのだが、今回は久しく大きな戦争の気配で情勢も緊迫しているので、止むなく紅蓮朱雀の米軍との合同演習出動要請をのんだ。
 いや・・・。
 そんなものは言い訳だ。
 その合同演習を提案したのはマジェスティー自身であり、それに朱雀が出動を要請されることくらい、予測の内だった。
 16歳の誕生日を迎える朱煌。
 その朱煌に行動の自由がある煌でいられると、不安だった。
 だから、任務となれば無茶はしない朱雀とさせることで、行動に制限を設けた予防策。
 これなら、朱煌が日本に向かうこともないだろうという、不埒な考えの元に。
「ジェス、入るぞ」
 ノックと共に執務室に入ってきたアイフェンが、マジェスティーの手からコーヒーを取り上げた。
「なんだよ、欲しいなら、あそこにあるぞ」
「いや、こぼされるとかなわんからな」
 ヒラリと差し出された入電文。
「合同演習中の朱雀艦隊、クロス司令官代理からだ。――――ほらな、取り上げておいて正解だ」
 よろめいたマジェスティーを抱きとめて、アイフェンが肩をすくめた。
「読むか?」
「いや・・・いい」
 代理という言葉だけで、報告の内容は示唆できる。
 即ち、朱煌不在ということだ。
「・・・朱雀であっても、無茶する時はするのだな・・・」
 苦々しく呟いたマジェスティーは、アイフェンの腕をほどいてデスクに戻ると、日記に少し乱れた文字を走らせた。

――――煌が、日本に行った・・・。



                          終


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