ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀14

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 夕飯の支度をしているレーヌを、執務室から戻ったマジェスティーがのぞいた。
「煌は?」
 レーヌが苦笑気味に振り返る。
「遊びに夢中で、呼んでも動かないんですもの」
「しようがない子だな、私が呼んでくるよ」
 夕食の支度は手伝うというのが、ラ・ヴィアン・ローズ入りの際の条件の一つだった。
 マジェスティーもレーヌも、それを盾に厳しく叱りつけたりはしないが、一応注意ぐらいは促す。
 朱煌は自室らしいので、ノックと共に声をかける。
「煌、ママンのお手伝いは?」
「ん~」
「入るぞ」
 ドアを開けると、朱煌は床に置いたドールハウスの前に寝転がり、その小さな動物の住人達を黙々と操っていた。
「き~ら」
「後で」
 朱色の柄の日本刀を操り、紅蓮の炎のごとき戦いぶりを見せる朱煌は、『紅蓮朱雀』という異名で知れ渡っている。
 そんな朱煌がこういう、ちまちました一人遊びを好むことを知っているのは、ラ・ヴィアン・ローズ内でも結成メンバーくらいだ。
 このドールハウスも、それを知っている部下が、朱煌の8歳の誕生日パーティーでくれたものである。
 そう、たった8歳の女の子だ。
 こうして遊んでいる姿の方が、当たり前なのである。
 マジェスティーは朱煌の傍らに腰を下ろし、ドールハウスの人形を一つ摘まみ上げた。
「はは、可愛いな。このクマ、スーツ着てる」
「あん! ダメ! お父さんはここで畑してるんだから」
 摘まんでいたクマを取り上げられて、マジェスティーは肩をすくめる。
 スーツで畑仕事?とは思ったが、まあ、子供のやっていることだし・・・。
 朱煌がスーツクマより、更に小さいウサギとネコを両手で動かしている。
 朱煌が独り言のように言っている人形の会話を聞くに、友達が遊んでいるのだろう。
「・・・村の子と一緒にやればいいのに」
「いい。ママンが一緒にやってくれるし、クロスもいるし」
 そういえば、クロスが付き合わされているのを見たことがある。
 子だくさんで孫もいるから、子供慣れしているクロスは、こういうおままごとの相手も無難にこなすが、あの巨体が小さな人形を触っているのを見ると、つい笑いが・・・。
 けれど、堪える。
 笑ってしまって、「じゃあ、父親のお前がやれ」と言われても、困る。
 マジェスティーはこういう遊びが苦手だった。
 大人に遊んでもらうことも大事だとは思うが、子供同士で遊ぶ大切さも、朱煌には教えたい。
「村の子となら、クロスやママンが思いつかない物語ができると思うぞ」
「奇想天外は、人生だけで十分」
 子供らしく遊んでいたかと思えば、これだ。
 多分、朱煌は怖いのだと思う。
 たまに村に用事で出かけても、ついてきた朱煌は、マジェスティーから離れない。
 すぐ傍に子供たちが遊んでいても、黙っている。
 どうも話を聞くに、朱煌は生まれてこのかた、子供同士で遊んだことがないらしかった。
 だから、何を話せばいいのか、わからないのだろう。
「なあ、煌・・・」
「――――姫さま、マジェスティーさま、夕食の支度ができましたよ」
 レーヌの声。
 しまった。
 ミイラ取りがミイラになってしまった・・・。



「クロス、大工道具貸してくれ。あ、後、そこにある材木ももらっていいか?」
 畑仕事に勤しんでいたクロスは、汗のにじんだ坊主頭をタオルで拭うと、そういうマジェスティーに頷いて見せる。
「かまわんが、何に・・・」
「ありがとう、もらってくぞ! そうだ、ペンキ買ってきてくれ。頼んだぞ」
 妙に張り切った様子で材木を抱えていくマジェスティーに、クロスは肩をすくめると、ペンキを買いに村まで歩き始めた。
 発端はこうだ。
 昨晩の夕食の時。
 朱煌が珍しく、ほかのドールハウスが欲しいとねだり始めた。
 おねだりそのものは別に珍しくはないが、それはいつも「新しい拳銃」だの、「最新の暗視スコープ」だの、子供らしさの一欠片もない代物ばかり。
 それが学校のドールハウスが欲しいときた。
 なんだか嬉しくて、快諾しかけたマジェスティーをレーヌが遮り、朱煌に言った。
「いけません。おもちゃはお誕生日かクリスマスだけ。クリスマスまで我慢なさいませ」
「・・・ドレスはホイホイ買ってくるくせに・・・」
 ボソリと朱煌が反論した。
 そうだそうだと、マジェスティーも内心頷く。
「ドレスは煌姫さまの外交に必要だからでございましょう? お父様が銃火器を買い与えるのと同じです」
 外交はレーヌの仕事で、朱煌まで任命した覚えはないんだが・・・と、マジェスティーは頭を掻く。
「でも・・・」
 なおも食い下がろうとした朱煌に、レーヌが決定打を放った。
「お手伝いのお約束も守れないのに、どうしておねだりが通るとお思いですか?」
 これには朱煌も不服満面ながら、閉口せざるを得ない。
「・・・パパが作ってやろうか?」
 朱煌の目がパッと輝き、レーヌが渋い顔をした。
「マジェスティーさま! 甘やかさないでくださいまし」
「いいじゃないか、買い与えるんではないのだし、煌がおもちゃを欲しがるなんて、あまりないことなんだし。なあ、煌」
 レーヌが大仰なため息をついたのは、当然のことだった。



「ごめんなさいね、クロス。あなたにまで御足労おかけしてしまって」
 申し訳なさそうにティーポットから紅茶を注いだレーヌに、ペンキの配達を済ませたクロスが微笑んだ。
「何、お陰であなたお手製のハーブティにありつけました。ところで、ジェスは何を? 図面とにらめっこして、何を聞いても生返事ばかりで」
「まあ、お手伝いさせておいて・・・」
 恐縮気味に事の経緯を話したレーヌに、クロスはヤレヤレと肩をすくめた。
「そいつぁジェスが良くない。あなたの言い分がもっともだ。義務を果たさずに主張された権利を甘受してちゃ、姫さまの為になりませんな」
「ええ。ですから、今日だけドールハウスは取り上げましたの。今日お手伝いしたら、返して差し上げる約束で」
 レーヌが指し示したドールハウスをしげしげと眺めたクロスは、顎を撫でて苦笑した。
「ははぁ、なるほど。そういうことか。あいつもまだまだ子供だなぁ」
 クロスの独語に首を傾げたレーヌ。
「いや・・・、ジェスの育ての親として詫びますよ。あいつぁ、これを作ってみたくなっただけだ」
「え?」
「好きなんですよ、こういう工作ごとが。このドールハウスがあんまりいい出来なんで、自分で作りたくなっただけ。姫さんが言いださなくても、多分、始めてましたよ、アレ」
 庭先で図面から興した型どおりに材木を切り始めたマジェスティーを窓から眺めて、クロスが笑う。
 レーヌが窓から庭を覗くと朱煌が作業中のマジェスティーに近寄っていった。
 けれど、黙々と材木に向かうマジェスティーをつまらなさそうに眺めて、しばらくすると、家に入っていった。
「あらあら」
 それどころか、通りかかったアイフェンがマジェスティーと一言二言交わして、図面を眺めていたかと思うと、作業に加わる。
 そして更に、仕事の報告にやってきたのであろうラ・ヴィアン・ローズ傭兵アニトー・ベゼテとその部下まで、その参戦。
「勘弁してやってください。男ってなぁ、どうにも子供でねぇ」
 隣で苦笑するクロスを見やり、もう一度マジェスティー達を眺める。
 額を突き合わせて議論めいた様子だと思えば、自分が切った材木を見せ合って笑っている。
 いい大人が・・・と思う反面、なんだかとても楽しそうで、羨ましくすらある。
「ママン」
 朱煌がリビングにやってきた。
「今日、ちゃんとお手伝いするから・・・、それで一緒に遊んで」
 小さな手に指し示されたドールハウス。
「はい、遊びましょうね。お人形さん達を、呼んできてくださいますか?」
 嬉しそうに頷いた朱煌が、階段を駆け上がっていく。
「やれやれ・・・。レーヌさまも、結局は甘いですなぁ」
「あら、だって、殿方だけ楽しそうで、ずるいですわ」
 クスクス笑いながら、あどけない子供を見るように庭先の男達に目を向けたレーヌに、クロスは苦笑交じりで肩をすくめた。



 数日後、ドールハウスタウンが完成した。
 いや、タウンにまで発展してしまったのは、自分たちでも予想外だったが。
 学校があるなら病院も。いやいや、警察や消防もいるだろう? ショッピングセンターは? こんなに施設があるのに、民家が一つ?
 そんなことを言い合いながら制作に没頭している内に、いつの間にやら一大タウンに仕上がってしまったのだ。
 それを見せられた朱煌は・・・引いていた。というか、困っていた。
 いや、出来は実に良いのだ、が、確かに、朱煌一人で遊ぶには、大掛かり過ぎる。
 朱煌の反応は、製作者たちをガッカリさせたが、意図せず、他の子供達を喜ばせることになる。
 このドールハウスタウンに興味を示した村の子供たちが、目を輝かせて遠巻きに眺めていたのだ。
 子供達を呼び寄せようとしたマジェスティーの袖を、朱煌が引っ張った。
「・・・これ、あの子たちの学校に寄付してあげなよ。きっと、喜ぶから・・・」
「煌・・・」
「ダメ?」
 マジェスティーは朱煌に視線を合わせるようにしゃがむと、その小さな頬に両手を添えた。
「いいとも。ただし、お前もそこへ遊びに行ってくれるならね」
「・・・学校は行かない」
「いいさ。勉強はレーヌとしなさい。遊びに行くだけでいい」
「でも・・・」
 マジェスティーが子供達に大きく手を振った。
「みんな、友達と遊びたい時、なんて言う!?」
 子供たちが一旦顔を見合わせてから、大きな声で答えた。
「入ーれーて!!」
「よぉし、おいで!」
 ワッとドールハウスタウンに駆け寄って遊び始めた子供達を見て、きゅっとマジェスティーの背中に隠れた朱煌を、そっと押し出す。
「言ってごらん?」
 戸惑いながら、そっと彼らに近付いた朱煌の、初めて言った「入れて・・・」の言葉は、とても小さかった。
 見ていたレーヌの心臓に、きゅーっと痛みが走るほどだ。
 だが、キャッキャとはしゃぐ子供達の一人がそれに気付いたのか、気付かぬまま、朱煌が傍にいたからなのか、その手を引く。
 いつの間にか、朱煌ははしゃぐ子供達の一員となっていた。
 それを見ていたレーヌが泣いているので、マジェスティーが静かに肩を抱く。
「どうだ、叱るばかりが手じゃないさ」
「よく仰いますこと! ・・・本当に、大人なんだか、子供なんだか・・・」
「なんだよ、それ」
「こっちの話です」
 レーヌは涙に濡れた笑顔を、マジェスティーの肩に預けた。



 仕事を離れている間、小さな人形の詰まった鞄を持って学校に出かけるのが、朱煌の日課になっていた。
 学校に寄付されたドールハウスタウンは、今日も奇想天外な物語を展開する。
 女の子達の可愛いお人形が繰り広げるお姫様ごっこ。
 そのすぐ隣では、男の子たちがロボットを操ってタウンを荒らす。
 お互いの領土を一歩踏み越えれば勃発する戦い。
 その戦いはタウンを飛び出し、人形もない大ゲンカに波及することもしばしば。
 ――――なんだか、世界の縮図みたいだな。
 そう苦笑がこぼれるが、朱煌が接する血みどろの戦いと違って、これは楽しい。
 だって、いとも簡単に、休戦協定や和平条約が結ばれるのだから。
「やべ! 俺、母ちゃんに買い物頼まれてたんだ! また明日な!」
 慌てて帰っていく男の子の背中を見ていると、女の子がため息をついた。
「私だってよぉ。夕飯のお手伝いしなさいって、ママに言われてたのに、もう間に合わないわ。やだなー、きっと叱られる」
 しょげて俯いた女の子が、朱煌を流し見た。
「いいなー、キラは。あんな優しそうなママとパパで。お手伝いなんか、させられないでしょ」
「させられるよ、お手伝い」
「でも、しなかったからって、叱られないでしょ? うちなんか、すぐにお尻ぶたれるのよ」
「叱られるってば・・・」
「ちょっとお小言言われるくらい、叱られたなんて言わないの。じゃ、また明日ね!」
「え、あ、うん。また明日・・・」
 鞄をぶら下げて走っていく女の子を見送って、朱煌は苦笑めいて頭を掻いた。
 そうか。あのレーヌとマジェスティーは、優しそうで、とてもお尻を叩いて叱るように見えないんだな・・・。
 確かに、ドールハウスタウン完成前なら、お手伝いをさぼったくらいでは、叱られなかった。
 だが、クロスの細君デラが範を示したのをきっかけに、お手伝いをさぼれば、必ずレーヌから、お尻に一回ピシャンと喰らうようになったのだ。
 お手伝いをさぼった日の夕飯前に、レーヌに自分でお尻を差し出さないと、マジェスティーの膝に乗せられて、丸出しにされたお尻を叩かれるはめになる。
 別に・・・ズボンなりスカートなりのお尻に、レーヌの平手を一発喰らうくらい、痛くも痒くもない。
 ただ、自分でお尻を向けるのが、どうしようもなく恥ずかしい。
 クロスめ、余計な諫言を彼らにくれたものだ。
 クロス夫妻を招いての夕食時、いつものようにお手伝いの約束をすっぽかした朱煌にデラがお尻を出すよう指示して、朱煌が戸惑っている間に、クロスがマジェスティーに向けた言葉。
「これがレンブラント家だ。わかってるな、ジェス?」
 お陰で、可愛い愛娘をデラに叩かせるよりはと、レーヌが自らの前に朱煌を呼び、マジェスティーは苦笑を深め・・・。
「やば・・・」
 指折り帰宅が遅れた日にちを数え、朱煌は走り出した。
 今日、夕食のお手伝いに間に合わなかったら、レーヌをすっ飛ばして、マジェスティーの膝に乗せられてしまうのだから。
 


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