ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀13

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「なんで言わなかったんです」
 テントの仮眠ベッドで横になる朱煌に、クロスが苦々しげに言った。
「依頼時点で、知っていたんでしょう。あの周防成子って女優が、知り合いだって。事情を話してくれていれば、別の部隊を派遣しましたよ」
 朱煌は無言のまま、クロスに背を向ける。
 それこそ、質問への答えだ。
 朱煌は日本に心を残している。
「・・・勘違いするなよ、クロス」
 朱煌が言った。
「私はあの女に会いたかったわけじゃない。見たかっただけだ」
「・・・見たかった?」
 朱煌が、胸元からペンダントトップになった、サファイアのピンキーリングを引き出した。
「成子さんは・・・こいつをくれた男の恋人さ。今は別れて随分落ちぶれたみたいだが・・・、あの高慢ちきな女が、どんな顔で落ち目女優でいるのか、見たかっただけだ」
「・・・日本の芸能ニュースなど入ってこない場所で、周防成子の名を見て、敢えて、そこまで調べてまで任務についた。これが、私の勘違いですかね?」
「――――差し出がましいぞ!!」
 クロスは黙って敬礼し、テントを出た。
 責めるようなことではない。
 あんな幼い子が、当時を懐かしんでいたとしても、当然のこと。
 少なくとも、これで必要以上に成子に絡むこともなくなるだろう。
 後は冷静に任務をこなしてくれさえすれば、それでいいのだ。
 残すところ、後、たった2日なのだから。
 迷った末に、マジェスティーに報告だけ入れることにした。
 日本に心を残した朱煌のことを、彼はひどく悲しむだろう。
 けれど、ラ・ヴィアン・ローズ結成当時、決めたことがある。
 もしも。
 もしも朱煌がラ・ヴィアン・ローズを抜けて、平凡な幸福を望むのであれば、それを笑って見送ってやろう・・・と。
 あの周防成子という女優には、朱煌を取り戻そうという気持ちがないようには思えるが、あのピンキーリングを朱煌に渡した男、高城善積が絡んでいるとなれば、話は別だ。
 正直、高城という男の印象はクロスも悪い。
 あの事件。
 炎に巻かれたアパート。
 その炎の中に、朱煌を走らせた決定的な言葉を吐いた男。
『――――そうか・・・、煌の知り合いだったか』
 通信機越しの声でも、マジェスティーの浮かべる表情がわかった。



 周防成子の調査報告書は、翌日にはマジェスティーの手元に揃った。
 デビュー前の経歴は飛び抜けて目立つものはないが、デビュー後の華やかさは凄まじかった。
 何本か出演作品が添付されていたので、観てみる。
「マジェスティーさま、お茶でもいかがですか?」
 ノックと共に、レーヌが執務室にやってきた。
「あら、映画ですか?」
「一緒に観るかい?」
「はい、是非」
 微笑んだレーヌをソファの隣に座らせて、しばしの映画鑑賞。
 一本観終えると、レーヌがもう一本観たいというので、続けて別のを観る。
 結局、2時間物を5本も立て続けに観てしまった。
「素晴らしいですわね、この周防成子という女優。日本語のわからない私でも感動いたしました。絶対に世界に通用しますわよ」
 珍しく興奮気味のレーヌの横顔を眺めて、苦笑。
 確かに。
 清純、悪女、平凡な主婦、演じる年齢の幅。
 どれを観ても、見事の一言だった。
 マジェスティーには演技のことなどわからないが、わからないからこそ、彼女が演じる役柄で、ガラリと印象を変えた、奥行きのようなものを感じる。
「あら・・・? この女優と、お付き合いしてらしたのですか?」
 レーヌが目を止めたのは、資料の中に混ざっていた、芸能ニュースの記事。
 成子が絶頂の人気を誇っていた当時は、その熱愛報道が海外誌にまで報じられていたのだ。
 それは、高城との結婚目前を報じた、あの熱愛記事だった。
「いや・・・。似ているが、それは私ではなく、煌の前の保護者だ。その前保護者に私が似ているから、煌はなついたんだろうな」
 思わず漏れた苦い思いに、レーヌが首を振る。
「違います。そんな風に思われていると知ったら、姫さまが悲しまれますわよ」
「そう、かな」
「そうですとも」
「・・・ありがとう、レーヌ」
 そっと彼女の手に、自分の手を重ねる。
「レーヌ、この周防成子という女優、煌の知り合いだそうだ」
「まあ、そうなんですの?」
「今、煌がついてる警護の任務の警護対象が周防成子で・・・、もしかしたら、煌は、彼女に日本へ連れ帰られるかもしれない」
 マジェスティーの手を振り払うように、レーヌが立ち上がった。
「女優などという軽々しい職業の女に、姫は託せませんわ」
 つい先ほどまで、夢中で彼女の出演作品を鑑賞し、その演技を褒めちぎっていたレーヌの豹変に、マジェスティーは苦笑を深めた。
「私は、煌にその判断を委ねようと思っている」
「私は反対です!」
「レーヌ・・・」
「失礼します!」
 足早に執務室を後にしたレーヌを見送って、マジェスティーはため息交じりに髪を掻きまわした。
 自分とて、おかしなことを言っている。
 たった8歳の子供に、その判断を委ねる?
 本来は、大人の自分が道を示してやるべきことだ。
 これはチャンスではないか。
 戦場で命の危険に身を曝すような環境から、強引にでも引き離す、機会。
 だが、マジェスティーは朱煌を手放す勇気がなかった。
 自分の気持ちに忠実に「反対だ」と言ってしまえるレーヌが、羨ましかった。



 虎丸が、あの時のCM撮影の代役だった少年だとようやく思い出した成子は、当時の彼の置かれた状況も、同時に思い出していた。
「そう・・・、施設も、ダメだったの」
「それは仕方ありません。彼らの演技に浮かれて、僕が自ら帰ると言ったのですから」
 失敗談を語るような虎丸の明るい口調に、成子は笑えなかった。
 そんな深い気持ちで助けたつもりもない。
 家出少年だと思ったから、適当に諫めて家に帰すつもりだった。
 事情を聞いて、たまたま恋人が警官だったから、託しただけ。
 その後の虎丸少年がどうなるかまで思い至れるほど、当時の成子は大人ではなかったし、事実、日々の忙しさに取り紛れ、思い出すこともなかった。
「教会の指示で子役デビューして、15歳でアイドルに転向しました。名前を売るには、その方が手っ取り早いですからね」
 クスクスと笑う虎丸は、いつも見せているアイドルの顔ではなく、どこかシ皮肉で大人びた面持ちだった。
 誰かに似ている。
 そうだ、朱煌だ。
「・・・最近、王虎教会の噂、あまり聞かないわね」
「彼らが僕を広告塔にした。それが、衰退への道とも知らずに・・・」
「・・・虎、あなた、何をしたの?」
 ニヤリと口端に虎丸が湛えた笑みは、本当に、朱煌を彷彿とさせる。
「――――痛たたた!」
 やおら耳を引っ張られ、虎丸の顔からシニカルな空気が消えた。
「言いなさい。何をしたの?」
「彼らのやっていたことに、手を入れただけですよっ。痛いですってば、放してください!」
「ど、う、い、う、こ、と?」
「言いますから! 放してください~!」
 やっと解放されて、すっかり赤くなった耳朶を擦って顔をしかめていた虎丸は、成子に睨まれているのに気付いて首をすくめた。
「広告塔の僕を使った教会のPRビデオ。教会はそれに入信を促すメッセージを差し込んでいたんです」
「メッセージを・・・差し込む? まさか、それって・・・」
 虎丸が頷いた。
 サブリミナルフィルムだ。
「そのメッセージを差し替えただけです。彼らの聖地とされる、山間の村で行われた私刑映像とね」 
「私刑映像ですって?」
「そ。そのビデオを見せられた人は、王虎教会への嫌悪感しか感じなくなる。入信希望者は激減し、信者すら脱会・・・って寸法です」
「・・・・・・」
「で、信者を激減させた王虎教会は、現在、衰退の一途を辿っているというわけですよ」
 虎丸が得意げに話す間、途中からしきりに髪を掻き上げ始めた成子。
 彼女のマネージャーなら知っている、苛立ちを表現する仕草だ。
「私刑映像をね・・・。そんなもの持ってたんだ」
「ええ。この8年で、広告塔として幹部にまで成り上がった僕になら、容易く内部事情の情報を得られましたからね」
「・・・思い出した」
「何をです?」
「あなた、善にお仕置きされたことあるわよね」
 一気に顔を赤らめた虎丸が、口惜しげにそっぽを向く。
「あいつ、そんなことあなたに言ったんですか!?」
「言ってないわよ。ただ、あの時、ヤケドの薬を取りに起って戻った時、聞こえただけ。善はやると言ったら必ずやる男だもの」
 その時の屈辱を思い出したのか、虎丸は不貞腐れた表情いっぱいで俯いた。
「今度も、あの時と同じになるわよ」
「何を言って・・・」
「やり方よ。そんな事件性を含んだ証拠映像を持っているなら、さっさと警察に渡して任せるべきでしょ。差し替えなんて、してる暇があるならね」
「でも・・・!」
「あなた自身の手で、教会に報復したかっただけでしょ」
「それは・・・!」
 そう言いかけた虎丸が、突然、成子に覆い被さった。
 体格はすでに大人である18歳の青年の力には、抗えない。
 刹那の銃声。
 成子の目の前に、男が倒れた。
 男は虎丸のマネージャーだった。
「クソ・・・! 王虎さまのご恩を仇で返す裏切り者めが・・・!」
 マネージャーは握りしめていた拳銃を震わせながら、虎丸たちに向ける。
 再びの銃声で、マネージャーの手の肉ごと、銃が弾け飛んだ。
 頬にかかった彼の生温かい血を感じながら、成子は視線を走らせる。
 少し離れたところで、朱煌が硝煙の立ち上る銃を構えて立っていた。



 つまりはこういうことだった。
 入信者の激減と、脱退者の増加に疑念を抱いた王虎教会が、虎丸の仕掛けたサブリミナル画像差し替えに気付いた。
 自分のマネージャーが教会からの監視役なのは、虎丸も元より承知。
 今回、虎丸側のマネージャーが内戦間もない危険な地域での撮影を了承したのは、現地での不運な事故に見せかけて、裏切り者を始末する為。
「僕もそろそろ潮時だと思っていたので、局側に万全の警護を要請したんですよ」
 帰国した虎丸から提供された証拠品の数々を前に、高城はため息をついて、窓辺に立っていた成子を見上げた。
「とんだ撮影旅行だったな。ロケはちゃんと終われたのか?」
「最低限必要なVTRは揃ったし、後は局の編集次第ね。この一件がマスコミに流れたせいで、王虎教会への捜査開始の報道同様、この特番はすっかり注目の的だし、とんでもない数字を叩き出すでしょうよ」
 成子に訪れたチャンス。
 各局からのオファーが殺到している。
 成子自身が関係者ではないが、撮影班がたまたま捕らえた映像が、もうひとつの話題を呼んでいたのだ。
 二人が並んで話す姿と、虎丸が覆い被さり教会の刺客から成子を守る映像。
 それは観る人の想像を掻きたて、すっかり熱愛報道として巷を賑わせていた。
 どんなものでも利用して、どん底から這い上がる演技をしてみせると誓った成子にとって、これほど利用価値の高いものはなかった。
「虎丸、だったな。物事にはやり方ってもんがあると、昔教えたのを覚えてるか?」
 じっとりと高城に睨まれて、虎丸は不貞腐れてそっぽを向いた。
「そうかそうか、忘れたか。8年も前のことだもんなぁ。――――成子、ちょっと席外せ」
 成子がヒラヒラと手を振って、取調室を出ていく。
 顔色を失う虎丸の、「置いていかないで」という哀願めいた視線は気の毒ではあったが、仕方ない。
「わ! やめ・・・、俺はもう18だぞ!? や・・・! 痛いーーー!」
 ドア越しに聞こえた虎丸の悲鳴に肩をすくめて、成子は廊下の端の自販機でコーヒーを買った。
 窓の外を見る。
 芸能人ふたりが来ていると嗅ぎつけたマスコミが、ひしめいているのが見える。
 結局・・・、朱煌のことを、高城に言えなかった。
 頬を撫でる。
 あの時、生まれて初めて感じた、生温かい血飛沫。
 朱煌はそれを当たり前とする世界にいるのだと、初めて思い知った瞬間。
 厳戒態勢でホテルまで送られて、朱煌と二人になった瞬間、思わず言った。
「ね、一緒に、帰らない? 善のところへ・・・」
 朱煌は黙って首を横に振った。
 それを見て、少しだけ、ホッとした。
 この少女が帰ったら、高城の心に割り込む隙間など、なくなるのがわかっていたから。
 道徳心と嫉妬心。
 せめぎ合う二つの思い。
 それが、高城に朱煌の生存を伝えることを、拒ませた。
「・・・ひどい女」
 自嘲の呟きと共に、コーヒーを一口。
 とても苦く感じたのは、気のせいであろうか・・・。



 周防成子は完全に復活した。
 いや、昔以上を手にする。
 話題騒然の間に虎丸と婚約、そして、結婚。
 自分のマネージャーを伴って、事務所を辞め、独立。
 活動は日本に留まらず、ハリウッドでも名を馳せる演技力で人々を魅了していった。
 海外に出ると、成子は必ず警護を依頼する。
 その依頼先は、ラ・ヴィアン・ローズの朱雀小隊だった。





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