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仕置き館

第1話 時間割のお仕置き

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仕置き館と呼ばれる婦女子更生施設において、収容される受刑者に与えられる罰は、お尻叩きである。
 売春等で、ここに収容された時点で、彼女らは罰を受ける身。
 ランダムな指名により、必ずそのお尻に戒めを与えられる。
 その日を恐れおののきながらの、健全且つ厳格な生活。


1.時間割のお仕置き。

 その宣告を受けた者は、経験者であればその場で泣いて許しを請う。
 その罰の度合いで、一時間・ニ時間と区切られていることから、時間割のお仕置きと呼ばれているお尻叩きである。

 一時間が最も軽いお仕置き。
 一番厳しい罰が、最長の二十四時間。
無論、受刑者の食事時間、排便・排尿時間・睡眠時間を規則時間に従って取らせるが、それが二十四時間中に含まれるということでなく、食事時間は1時間ずつ、排便十分が朝夕二回(浣腸と排便に分かれる)、排尿十分が四回。計一時間。
睡眠は八時間(施設の就寝・起床時間に順ずる)。
 
 この十時間を抜いての二十四時間であるから、実質、ニ日にまたがるお尻叩きが続行されるのだ。

 お尻叩き自体は膝に平手というゆるやかなものだが、これが一時間も続くとなれば、生易しいものではなくなる。
 最初の内は、受刑者も顔をしかめる程度。
 声も上げることはないような「子供のお尻ペンペン」といったお仕置きである・・・が、それが数時間も執拗に続けば、徐々にお尻も腫れ上がり、受刑者は執行人の膝の上で泣き叫び、ついに声を上げて泣く力も失い、ただただもがき苦しむことになるのだ。

 執行人は長年のお尻叩きで手のひらが鍛えられているといえ、生身の人間である。
 数時間も続けて平手を振り下ろすことはできないし、一定の力で叩き続ける事は不可能。
 時間割のお仕置き部屋には、半円を描いて十脚の椅子が並ぶ。
 そこに九人の執行人が座り、その半円の底辺中心に、お仕置き椅子と呼ばれるカウチが置かれていて、一人の執行人がそこにかけ、九人の執行人が見つめる中、受刑者を膝に乗せたお尻叩きをするのである。

 執行人がお尻を叩く時間は決まっていない。
 自己判断により、力が一定に保てないとなった時、次の執行人に交代する。
 つまり、執行人の振り下ろす平手は、常にベストの状態であるのだ。
二度三度執行をする者もいるが、時間割が長時間の場合、半円の椅子に座す執行人自体が一時間おきに入れ替わる。

 ・・・唯一、受刑者のみが、お仕置きの時間が終わるまで入れ替わることがないのだ。

 最長が二十四時間と定められたのは、何時間まで受刑者が耐えられるかの実験的お仕置きを繰り返した結果、この時間が限界と認められたからである。
 実験段階で三十時間を体験した受刑者は、お仕置きの間に設けられた食事時間の最中、この休憩が終わればまた終わることのないお尻叩きが始まる恐怖とストレスにより、精神に錯乱を来たした事例まである。

 カウチの背後に置かれた古い柱時計の秒針に合わせて、お尻に平手が振り下ろされる。それを黙って見つめる九人の控え執行人。
 静寂の中、パン! パン! パン!という音と、受刑者の呻き声だけがお仕置き部屋に響く。
 秒針に合わせて規則正しく左・右・真ん中とお尻が叩かれるのだから、単純計算しても、一分六十発。1時間で三千強という気が遠くなるような回数の平手を、受刑者のお尻は受けなければならないのだ。
 前述したように、一打一打はきついものではない。
始まったばかりの頃は受刑者は微動だにもせず、膝の上で時が過ぎるのを待っていられる。
が、それも一時間、痛みに強い者でもニ時間が限度。
 大体は、一時間が経過し執行人がニ人目になる頃、呻き声が漏れ始める。
 お尻も薄いピンクから赤に染まり、ニ人目が交代する頃になると、受刑者は下ろされたカウチの横でお尻を庇ってしゃがみ込み、膝の上に乗せられまいと抵抗を始める。
しかし、手馴れた執行人が、ヒョイと膝の上に固定してしまうのだ。

 この時に大声で泣き出す受刑者が多い。

 さらに受刑者にとって残酷とも言えるルールは、交代の度に、太ももまで下ろされていた下着とズボンをきちんとはかされることである。
 膝に乗せられる度、新たなる執行人によって、ズボンがまくられ、下着は再び太ももまで下ろされ、お尻が晒される羞恥を味わうのだ。

 軽いとはいえ、延々と続くお尻叩きは、お尻の表面はもとより、次第にお尻の肉の奥深くまで、じんわりと痛みを浸透させる。
 ヒリヒリするお尻は赤く赤く濃さを増していく。
受刑者はお尻が倍の大きさになっているような感覚に陥るという。
お尻だけが体から切り取られたような、それでいて、脳には絶え間なく痛みの信号が走る。
 わんわんと幼子のように泣きじゃくり始め、膝から逃れようと腰をくねらせても、執行人の左手は、枷のようにそれを許さない。
 手でお尻を庇うも、アッサリとその手は背に追いやられてしまう。
足をばたつかせるも、執行人の片足で押さえ込まれ、もがきたくてももがけない、ますます苦しくなるだけであった。

 受刑者は抵抗に体力を奪われ、泣く力も薄れ、ついにはすすり泣いて呻くしか手立てがなくなる。

 ちょうどその頃に、食事休憩が入るのだ。
 食事もお仕置き部屋に運ばれ、十人の執行人と共にとる。
 痛むお尻を椅子に下ろし、重い沈黙の中、震えながら受刑者は、一時間だけのお尻の休息をとるのだ。
 食事が終わっても、すぐにお仕置きは再開されないが、カウチに手をつき、執行人らにお尻を突き出して、むき出しの真っ赤なお尻を晒していなければならなかった。
 さすることは許されない。受刑者は羞恥とジンジンするお尻にすすり泣きながら、再開の時を待つしかないのだ。

 再び、地獄の責め苦が始まる。

 数時間すると、排便の休憩となる。
 浣腸による強制排便である。
 カウチに四つん這いになり、頭を下げて、お尻を高々と突き上げると、ひんやりとしたローションがお尻の穴に塗りこめられる。
そして、浣腸器を差し込まれる。
本来、排泄の機能であるお尻の穴に、グリセリンが逆流してくる。
 たっぷりと薄めとはいえグリセリンが注入されると、受刑者はすぐに便意をもよおす。が、すぐにはトイレに行かせてはもらえない。
 アナルプラグで栓をされ、最悪の状態でのお尻叩き再開となるのだ。
 体力を消耗していようと、この一時間に限っては、どの受刑者も狂ったように泣き叫んだ。
 ただでさえ便意に翻弄されるお尻を叩かれ、それが刺激となって、今にも漏らしてしまいそうな疼き。

 お尻が痛い。お腹も痛い。プラグでお尻の穴も痛い。ヴァギナも過剰反応して痛いくらい疼く。

「許して! トイレ! 行かせてください! 漏れる! 痛い! いやあ! 漏れちゃう! もう許してください!」

 声の限り叫ぶ。そして、わんわんと泣き声を上げる。
 そんな受刑者を眺める執行人の目は、無機質でしかなく、受刑者は一層、絶望感に晒されるのだ。
 ようやく排便を許される。 
 プラグを外された途端、便が噴出して執行人の手が便まみれになることもザラであったが、これは当然のものとして、腫れたお尻に負担を与えないよう丁寧にお尻を綺麗にしてくれる。
 これにより、受刑者は無機質な執行人が自分を人として扱ってくれていることに気付き、安堵するのだ。
 でなければ、自分が意思のない打楽器でもあるかのような錯覚に陥る。
 精神錯乱を防ぐ、巧妙ともいえる流れだった。
 束の間の休息。が、受刑者の哀れなお尻に、救いが訪れたわけではない。
 次の排尿の休息や睡眠の休息がくるまで、お尻は痛い目を見続ける。
 本来の肌色を止める腰や太もも、あるいは骨盤付近に、貼り付けたように境目。
 赤と肌色の境目が見る見るハッキリしてくるのだ。

「痛い・・・痛い・・・痛いよぉ」

 受刑者は繰り返す。
 お尻とは、肉厚であるだけに他の部位より痛みに強い。
 だからこそ、痛みが麻痺して感じなくなることも、遅い。
 それこそが、お尻の哀れであるのだ。

 やがて、最長の休息である就寝時間が来る。

 お仕置き部屋の隣には、起床後にまだお尻叩きの時間を控える受刑者用の寝室がある。
 そこでの夜。
 
 想像してみて欲しい。

 目覚めればまた、九人の執行人の目に晒されながら、膝に乗せられることを。
そして、ズボンも下着も、太ももまで下ろされる。
 お尻だけがむき出しにされる、たまらない屈辱感。
 一晩経ち、赤かったお尻は茶色っぽく変色しているが、執行人の平手が振り下ろされ始めれば、赤が再び上昇してくる。
 八時間の休息で、お尻は痛みを忘れない。ピリピリと、密集した針で刺されるような痛みは、ますますハッキリしてくるだけなのだ。
 その痛みを抱えたお尻にさらなる平手が振る。
 ピシャリ、ピシャリ・・・と。規則正しく。
受刑者がどう足掻こうと、逃れられないお尻叩き。
 
それが、目覚めれば始まる。
 
就寝の休息は安堵でなく、絶望を受刑者に与える。
 肉体的にも精神的にも疲れ果て、眠れる受刑者は、ほんの一握りにも満たない。
哀れなお尻を嘆きつつ、その赤く腫れた熱さを、掌で慰めるしかない時間。

 これが、時間割のお仕置きである。

 お尻叩きだけでない。その時間、すべてが、厳しいお仕置きなのだ。
 強い平手、あるいは、ケインやパドルで百ほどきつく打ち据えられたお尻は、お仕置き中や翌日こそ耐え難い痛みであれ、一週間から十日もあれば、痣は跡形もなく、痛みも消え去る。
しかし、時間割のお仕置きで受けた間断ない緩やかな平手のお尻叩きは、痣こそ濃くはないが、お尻の肉内深くに痛みごと植えつけられ、一ヶ月以上、変色したお尻と痛みを自覚しなければならない。
 お尻叩きが終わっても、なお続くお仕置き。

 わかっていただけただろうか。
 時間割のお仕置きを宣告された者が、経験者であれば、泣いて許しを請うというわけを。

「許してください! どうか、どうか他のお仕置きを! ケインで百なり二百なり・・・、どんな辛い姿勢でもかまいません! ですから、どうか、それだけは許してください・・・!!」
 そんな哀願もただただ虚しく、宣告を受けた受刑者は執行人に抱えられ、時間割のお仕置き部屋へ連れて行かれる。
 悲痛とも言える悲鳴と共に、受刑者の姿はお仕置き部屋に消えるのだ。
 これが、お仕置きの館と呼ばれる婦女子更生施設の、厳しいお尻叩きの罰のひとつ。
 その他のお仕置きとて、決して生易しいものではないが。
 それはまた、いずれ・・・。


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