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画家

第一話 男爵家

 →第二話 それぞれのお仕置き

 私は画家である。が、残念ながら、それだけで食べていけるほどではなかった。

 他の若手画家同様に、パトロンのサロンに出入りはしているが、我ながら、あまり目立つ存在ではない。

 だが、あることをきっかけに、絵だけで食べていけるようになる。

 ただ、画壇に認められるような絵ではなかったが・・・。





 とあるサロンで、私の絵をしげしげと眺めていた男爵がいた。

 その絵は絵具を買う金も底を尽いて肌色が足りず、やたら赤みを帯びた裸婦であったため、自分では駄作の内だった。

 だが、それをいたくお気に召したらしい男爵が、ある絵を描いてほしいと、画材を買う金まで前払いしてくれて、後日、屋敷に招いてくれたのだ。

 ある絵とは、お仕置き姿の・・・それも、スパンキングの肖像だった。

「君の出す肌の赤が気に入ってね。叩いた時に浮かぶ赤に、とても近くて目を引いた。それに、君の裸婦画の肉感や表情は実に好ましい」

 そう言いながらソファにもたれる男爵の傍らには、彼の年若い奥方が、普段はこんな格好で人前には出ないであろう部屋着のまま、俯き加減で立っていた。

 もしやと思ったが、やはり、その年若い奥方が叩かれるモデルであった。

「コレはどうも若いせいか、少々遊びが過ぎてね。何度かお仕置きしたが、まだ隠れて遊びに耽っているようなので、絵という形に残して、コレの目に見える場所に飾ってやろうと思っている」

 つい奥方を見ると、彼女も私を見た瞬間で目が合い、彼女は顔を真っ赤に赤らめて、泣きそうに俯いてしまった。

「君は、動くモデルをスケッチできるかね?」

「え?」

「私は絵にリアリティーというか、躍動感が欲しい。実際にこの場でお仕置きするから、君はそれをスケッチする。できるかね?」

 子供の頃は、よく小動物を好んでスケッチしていたから、できると思う。けれど・・・。

「スケッチだけでも、数日かかりますよ」

「かまわん。その度にお尻が腫れるだけのことだ」

 男爵の言葉に、思わずゾクッとした。

「では、さっそく始めようか」

 彼はソファの端に座り直して、その膝に奥方を腹這いすると、部屋着の裾を捲り上げ、ドロワーズを足の付け根まで下ろすと、お尻だけを丸出しにさせた。

 裸婦ならば見慣れていた私だが、お尻だけが剥き出しになったその奥方の姿に、少なからぬ照れくささを覚える。

 同じ裸のお尻だというのに、どう違うのか、自分でもわからないが、その部分だけが強調されて、なんとも言えない艶めかしさだった。

 奥方の上半身はソファに寝そべる形。彼女の顔はこちらを向かせて、男爵の膝とソファの肘掛けに乗った奥方の下腹は、ちょうどこんもりとお尻を突き出す格好になっていた。

 その盛り上りぶりが、ますますお尻を目立たせる。

 手を振りあげた男爵を私は止めた。

「ちょっと待ってください。一旦、この全体を大まかにスケッチします」

「ふむ。いいだろう」

「手は振りあげた形でしばらくお願いします」

 私はあらゆる角度からスケッチを取った。これという角度を探して。

 奥方の顔に近付いた時、彼女は恥ずかしそうにソファに顔を埋めてしまったのが、実に印象的だった。

「しばし休憩を」

「やれやれ、手がだるくなってしまったな。続きは明日にしようか」

「はい、それでは、また明日伺います」

 ふと見ると、男爵の膝の上でお尻を晒されたままだった奥方が、叩かれないで済んだことにホッとしつつ、けれども、明日のことを考えて憂鬱そうな、ひどく複雑な表情をしていた。

 私は家に帰ってから、目に焼き付けておいた、お仕置き前の奥方の表情をスケッチブックに描いた。

 明日お尻を叩かれるとわかっている彼女の心境が、我ながらよく表現できていると思う。

 お尻を叩かれた彼女は、どんな表情をするのだろう。





 翌日早くから、私は男爵家を訪れた。

 男爵夫妻の朝食が終わるのを待ち、スケッチブックや木炭を準備する。

 ふと見ると、男爵が座るソファに、厚手の革を幾重にも重ねて縫った、短めの物差しのような物が用意されていた。

 ああ、これで奥方のお尻を叩くのだろう。私はその道具もスケッチした。

 しばらくすると、男爵夫妻が部屋に入ってきた。

 奥方の顔は、昨日にも増して憂鬱な色を深めていた。

「なんだね、お茶も来ていないのかね」

 私は売れない画家として長らく生活しているので、そういう扱いには慣れているから気にもならなかったが、男爵は墳慨したようだ。

 呼び鈴でメイドを呼びつけると、お茶を出さなかった不手際で、彼女にお尻を出すように言った。

「わ、私は奥さまの言いつけに従っただけです!」

「何? 本当かね、お前」

 奥方は唇を噛んで俯いたのを見て、男爵はメイドを下がらせた。

 なるほど。お尻を叩かれる姿を見られる上に、それを絵にする私は、嫌われているらしい・・・と、思わず苦笑が漏れる。

「お前が悪さするからお仕置きされることを棚に上げて、彼に嫌がらせをするとは何事だ」

「違います! 売れない画家をもてなすことはないと思っただけです」

「悪い子だ。お仕置きが厳しくなるからね、覚悟しなさい」

 今にも泣き出しそうな奥方を引きずるようにして、男爵は昨日と同じように彼女を膝に乗せた。

「お仕置きを始める。君は君の仕事を始め給え」

 私がスケッチブックを手にすると、男爵の平手が奥方のお尻を叩いた。

 ピシャン!という小気味いい音と共に、奥方の呻き声が上がる。

 ピシャン! ピシャン! ピシャン!

 繰り返されるお尻叩きを、私は一心不乱にスケッチに写し取った。

 全体はもちろん、叩かれてもがくお尻、男爵の腕や掌、そして、眉をしかめたり顔を歪めたり、泣きそうに口を開けたり閉じたり歯を食いしばったたり、くるくると変わる奥方の表情や、頭を振ったりソファに顔を押し付けたり、宙を仰いだりする仕草。

 平手で叩いていた男爵は、やがて用意してあった道具を手に取り、今度はそれを奥方のお尻に据える。

「あー! 痛いーーー!」

 音がますます鋭くなった。それに伴い、奥方の泣き声とよじる体の動きも大きくなる。

「痛い・・・痛い・・・ごめんなさい、もうしません、もうしません、だから許し・・・ああ!」

 ひぃひぃとすすり泣くような呻き声と交互に、そう言う奥方。

 道具から逃げようとしているお尻を、腰を掴む男爵の手が上に向けさせる。

 いつしか奥方のお尻は、足の付け根や腰、そして、お尻の両脇との境目がくっきりと分かれるくらいに、真っ赤になっていた。

 その境目のコントラストも、木炭でなんとか描きとめる。

 しまった。奥方の表情に夢中になり過ぎて、境目がはっきりする前のグラデーションをを描き逃がしてしまった。

 これだけ見る見るお尻の表情が変化するとは、思ってもいなかったのだ。

 何枚も何枚もスケッチしたためた。

 肖像(と言って良いのかはわからないが)の下絵だけで、スケッチブックを2冊も使ったのは初めてだった。

「ごめんなさいーーー!」

 奥方の必死の訴えに、我に返った。

よくよく見れば、最初の頃のお尻より一回りほど大きくなったように腫れていた。

無我夢中で描いていたから、それは私にとって絵のモチーフでしかなかったが、考えてみれば、スケッチブックを2冊も埋めるのに、どれだけの時間を費やしたのだろう。その間、奥方はずっと痛い思いをしていたのだと気がついて、なんだか気の毒になってきた。

「男爵様、私の方は済んだのですが・・・」

 これで終わりだと泣き笑いの表情を浮かべた奥方が、私を振りかえった。

「そうかね。だが、お仕置きの終わりを決めるのは私だ。私が続けている間は、描き続けでくれ給え」

「ひ・・・! お願い、もう許してーーー!」

 堰を切ったようにわんわんと大泣きを始めた奥方は、まるで子供のようだった。





 もっと何日もスケッチに時間を取るつもりであったが、それはその分、奥方に可哀想な目に合わせるということだと思った私は、今日一日で終わらせることにした。

 オンボロアパートに戻り、さっそくスケッチブックをめくった私は、カンバスに夢中で木炭を走らせていた。

 男爵の前金のお陰で、カンバスは惜し気もなく使えたし、何より、刻一刻と移り変わる状況の、ここという部分を絵にするのは、非常に難しく、また心躍る作業でもあったのだ。

 寝るのも勿体ないような気がして、私はひたすらカンバスに向かい、夜が明けた頃、納得のいく下絵を描き上げることができた。 

それは、剥き出しのお尻の二つの丘が、流れるようなラインを描いており、奥方の表情が、チラと覗く絵だった。

 入魂の力作だと、自分では思えたし、久しぶりに画家としての充足感でいっぱいになれた。

 お茶を手に、仕上がった下絵を眺める。

 男爵が振りあげた道具を握る手。それから逃げ惑うようなお尻。そのお尻は腰にまわされた男爵の手によって、上に突き出させられている。痛みを逃そうともがく足。痛みに落ち着かない背中から肩までのうねり。ソファに頬を擦り寄せ、お尻の痛みに泣き濡れる奥方の顔。前に伸ばしてソファの縁を無意味に掴む彼女の手。

 早くこの絵が完成させたい・・・!

 そんな思いでいっぱいになった。

 男爵は明日も来ていいと言ったし、このまま寝ないで男爵家に飛んで行って、絵の続きが描きたい。

 ・・・だが、思い止まった。

 この絵を描くということは、即ち、奥方がまた痛い思いをするということなのだから。

 今日、いや、すでに昨日だが、やっと終わったお仕置きで、しばらくの間、真っ赤に腫れたお尻をしまうことも忘れたように、ソファの上にうつ伏せていた奥方は、時折、腫れたお尻を手の甲で擦ってはしゃくり上げて泣いていた。その姿は本当に子供のようで、思い出すと可哀想になってしまう。

 まあ、奥方がベソをかきながら自分の部屋に引き込んだ後、男爵との談笑で聞いた彼女の罪状、つまり、お仕置き原因となったその放蕩ぶりを聞けば、致し方ない自業自得にも思えたが。

 この絵が完成する頃には、すっかり懲りて、大人しくおなりだろう・・・。





 絵を完成させたい衝動に駆られながら、それでも奥方に痛い思いをさせるのは偲びなく、うずうずする画家の思いを、私は何枚ものカンバスにぶつけていた。

 お尻は描かず、ひたすら奥方の正面からを描き続けたのだ。

 いつ叩かれるのか、ビクビクとその瞬間を待つ顔。叩かれた瞬間の顔。痛みに耐えようと、歯を食いしばる顔。目線を泳がせ、すすり泣く顔。ソファに頬を擦り寄せて歪む顔。背を仰け反らせて大きな口を開けた泣き顔。

 どれもこれも、哀れを誘う。

 自分がこれほど躍動感のある絵が描けたとは、我ながら驚きだ。

 一心不乱に打ち込んでいた私は、玄関のチャイムに現実に引き戻された。

 大家だろうか。家賃の催促なら、堂々と迎えられる。

 何しろ、男爵のお陰で、金の余裕というものを、田舎から出てきて初めて持ちえたのだから。

 ドアを開けると、驚いたことに男爵が立っていた。

「このようなむさ苦しい場所においでとは・・・」 

「何、所用でこの辺りまで来たものでね。あれから4日も経つのに、なかなか来訪がないから、様子を見にだ」

「あ、ああ。申し訳ありません・・・。その、日参いたしますと、奥方がお気の毒に思えて・・・」

「そうではないかと思ったよ。だから、迎えにきた。出かけられるかね?」

「は、はい。すぐ支度いたしますので、少々お待ちください」

 慌てて薄汚れたシャツを着替え、木炭で汚れた手を洗い、画材やカンバスを鞄に詰め込む。

「お待たせしました。あの、男爵様?」

 男爵は、私が何枚も描いていた奥方の正面像の絵に見入っていた。

「ああ、すいません。頼まれてもいない絵を・・・」

「いや、構わん。というか、気に入った。これも仕上げてくれまいか。もちろん、金はその分上乗せするよ」

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 車中、男爵が正面像をお気に召した理由を話し、私はなるほどと納得した。

 お尻を叩く時は、どうしたって奥方の背後にいるのだから、お仕置きされる彼女の顔を見たことがなかったと。

 あんな表情をしているのかと、初めて私の絵で知ったそうだ。

「目は潤んで、頬や耳は上気しておられます。額は汗ばんでおられ・・・」

「ふむ。完成した絵が楽しみだね」

 そう言われて、ふと気付いた。

 私の絵を気に入ってくれたことばかり喜んでいたが、いくらなんでも2枚の絵に同時に色をつけていけるほど、私は器用ではないし、それではどちらも駄作で終わるだろう。

 仕上げる絵が増えたということは、その分、奥方がお仕置きされる日の回数が増えたということになるのだ。

 奥方の遊びに耽った時間の代償は、随分と高くついたものだ。

 帰宅した男爵が私を伴っているのを見て、奥方は表情を強張らせ、お尻を押さえた。

「支度してきなさい」

 それだけで、これから自分がどうなるかを悟っている奥方は、シュンと項垂れて階段を上っていった。

 それを見上げていると、チラリとこちらを見た奥方の目が、恨みがましく私を睨んでいた。

 すっかり嫌われ者だなと苦笑。

 これで、私がアパートで頼まれもしない下絵を描いていた為に、絵が増えたと知ったら、もう口もきいてもらえないだろう。(まあ、最初から一度も話しかけてはもらっていないが)

 



 部屋着に着替えて奥方がおずおずと部屋に入って来た頃、私もすっかり準備を整えていた。

 下絵の通りに奥方を膝に乗せた男爵が、以前同様に平手を振りあげた。

 下絵は道具を持っているので、その間に全体的な色を付け始める。

 部屋着の裾の陰影、ソファに落ちる影。男爵のスーツ。じたばたともがく足の肌。

「痛い・・・痛い・・・」

 奥方が呻く声が聞こえる。

 しばらくして、男爵があの革の道具を手にした。

 それをピタピタとお尻に当てることで、ここから平手ではないことを知らされた奥方は、哀願するような顔を男爵にねじ向けていたが、男爵は黙って首を横に振ると、腰を少し抱え上げるようにすることで、彼女に前を向かせてしまった。

「あーーー!」

 パーーーン!という、一際鋭い音で、奥方がビクンとお尻を引く。

 幾度も幾度も、奥方のお尻は道具の洗礼を受けた。

 私はひたすらにそのお尻の変化をカンバスに写し取る。

 肌色との境。一際赤が深い部分。その間のグラデーション。

「ひっ、あ! 痛い・・・、痛い! ごめんなさい、あなた・・・、ごめんなさい・・・」

 泣いている奥方のお尻以外に見えている肌も、次第に上気し始め、ほんのりとピンクがかってきたなら、それを描く。

 ソファの縁を掴んで食い込むような指先。子供のように歪ませる口。

「もうしません! 本当です! 反省してますから、許して、許してぇ・・・」

「何度同じことで叱られた? 反省したと、口ばかりではないか」

「今度こそ本当に反省してます! ですから、もうぶたないで! 痛い・・・痛い・・・」

「今度同じ過ちを繰り返せば、うんと厳しくすると言ってあっただろう。彼の絵が完成するまでがそのお仕置きだ。たっぷり反省しなさい」

「そんなぁ・・・、痛い、痛いよぉ・・・」

 そんな会話が聞こえてくる。

 後悔先に立たずとは、このことだな・・・と思いつつ、私は私の使命である絵に集中するように首を振った。
 柱時計がボーンボーンと正午を知らせる音に、私はハッと我に返り、男爵が奥方を膝から下ろした。

 奥方が部屋に入ってきた時に正午前を知らせる柱時計が鳴っていたから、お仕置きが始まってから、一時間経ってはいなかったようだ。

 私にとっては絵に没頭する、あっという間の時間であったが、お尻を真っ赤に腫らした奥方には、随分長い時間であっただろうと思う。

 泣きながらお尻を擦る奥方の頭を撫でてから、私の方にやってくると、男爵が絵を覗きこんだ。

「どうかね?」

「はい、後で2~3度で完成できるでしょう」

 奥方の怒りに満ちた視線を感じ、私は思わず冷や汗を拭った。

 お仕置きに泣く姿は痛々しく哀れを誘うが、本来の性格はなかなかに気の強さがうかがえた。

  



 私は男爵に言った通り、一枚目の絵を後2回で仕上げた。

 やっとこのお仕置きから解放されると安堵していた奥方が、数日後に再び訪問した私を怪訝そうに睨んだ。

「何をしにきたの」

 初めてかけられた声が、ひどく刺々しいことに、私は苦笑した。

「いえ、次の絵を・・・」

「なんですって!? バカ言わないで! さっさと出ておいき!」

「いや、しかし・・・」

「出て行かないと、下男に命じて、その不愉快な右手をへし折らせるわよ!」

 画家の命の手を折られてはかなわない。

 私は慌てて退散すると、どうしたものかと持って来たカンバスとお屋敷の扉を交互に眺めた。

 まあ、この絵の代金はまだもらっていないのだから、このまま立ち去ってもいいのだが・・・。

「ああ、すまない。アレの声が聞こえたもので、すぐ降りてきたのだが」

男爵が扉を開けて私を招き入れてくれた。

 玄関ホールには、シュンと俯いている奥方が立っていた。

「困ったヤツだろう。すまないね、今日は君への失礼の分もお尻に言い聞かせるよ」

「いえ、そんな。私は気にしておりませんので・・・」

「まあ、どちらにせよ、お尻が腫れ上がることに変わりはないがね」

 泣きそうに顔を上げた奥方は、嫌々と首を横に振ってお尻を押さえた。

「もう十分反省しています。ですから、お仕置きはもう終わりにしてください」

「私が何も知らないと思っているのかね?」

 奥方がギクリと顔を強張らせ、私はまさかと目を瞬いた。

「先日、お前が出かけたサロンで、カード賭博に興じていたことは、バレているのだぞ」

「あ・・・!」

 恐れ入った。

 私だったら懲り懲りするお仕置きを受けたというのに、まだ改心していなかったとは、本当に困った方だ。

「さあ、支度してきなさい!」

 これは、相当泣かされるだろうなと思いつつ、私も絵の支度をする為に、お仕置きの部屋に入った。

「いやー! 許してー! ごめんなさいー! もうしません! もうしないから、お仕置きは許してーーー!」

「何度同じことを言わせる。早く来なさい」

「いやよぉ! お願い、あなた、堪忍して!」

「誰が悪いのかね? 悪い子だから、お尻を痛くされるんだろう」

「ごめんなさい、あなた! 本当にもうしないからぁ!」

廊下で奥方と男爵の声が響いている。

 ここに来るのを抵抗しているようだ。

 しばらくして、男爵の肩に担がれて、足をじたばたさせている奥方が連れられてきた。

 無理矢理着替えさせられたらしい部屋着は、肩の辺りがかなり乱れている。

 すでに泣きじゃくっているその姿は、駄々をこねる子供そのものだった。

「待たせたね。すぐ始めるよ」

 ソファにかけた男爵の膝に乗せられた奥方は、必死で抜け出そうと足掻いていたが、パン!と部屋着越しにお尻を叩かれ、その痛みに動きを止めた。

「痛い~~~!」

「大人しくしていないと、お仕置きは終わらないぞ」

「ぅえーーーん!」

 泣き方まで子供のようになってきた。

 今日は最初から道具を握った男爵に、奥方の顔は哀れなほどに歪む。

 私は、その奥方の前にイーゼルを構えていた。

「お尻を描かないのなら、叩かなくてもいいじゃないのー!」

「馬鹿者。芝居の反省の絵などいらぬ」

 すでに聞き慣れたお尻を張る音が始まる。

 潤む瞳。涙に濡れるまつ毛。上気する頬。汗ばんだ額。赤くなった鼻。眉間に寄った皺。ああ、皺は縦でなく、横に走っているではないか。

 歯を食いしばったり、大口を開けたり、唇を噛みしめたり。

 目を閉じたり見開いたり。

 なんだか可哀想で、とにかく今日だけで絵を仕上げられるよう、私は懸命に筆を走らせていた。

 たっぷり一時間以上が経過し、絵を見に来た男爵が、やれやれと肩をすくめて真っ赤なお尻をして泣いている奥方を流し見た。

「困ったヤツだ。反省している様子じゃないではないか。これは、バレてしまったことを悔しがっている顔だ」

「いや・・・私がたまたまその表情を捉えただけかもしれません」

「そう、思うかね?」

 返答に窮す。

 実は、私もそう思って見ていたからだ。

 痛がる顔に後悔や反省の色はなく、どちらかと言えば、悔しそうにしているような・・・。

「ですが、絵は完成しました。手は抜いておりません。私は満足のいく作品を仕上げたつもりです」

「優しいね、君は」

 頭を掻く。あんな痛がる顔を見続けていたら、当たり前だ。

「良かったね、お前。今日だけでお仕置きは終わったよ。彼に礼を言いなさい」

 まあ、予想通り、奥方は私を睨んだだけで、ツンとそっぽを向くと、ドロワーズを引き上げて部屋着の裾を戻し、お尻を庇うようにして部屋を出て行った。

「やれやれだな。恐らく、また君に来てもらうことになると思うよ」

 男爵の言葉通り、その後、私は何度か男爵家を訪れることになったのだった。












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