FC2ブログ

spank,spank,spank

スパ小説です。

盟友4

盟友【オルガ番外編】



「うー、ローランド公爵のサロンかぁ。やだなぁ、行きなくないな~」
 招待状を煩わしげにヒラヒラとさせながら、フォスター伯爵ことクラウンは執務机にうんざりと頬杖をついてぼやいていた。
「ならば、欠席のお返事をなさいますか?」
 机の上に招待状を置いたクラウンは傍らのペンを手にとってインクの瓶に浸すと、出席の決まり文句である「是非に」と書き記し、執事スフォールドに差し出した。
「そうしたいのは山々だけれど、どこの派閥にも属さない以上、偏りは禁物なのだよねぇ」
 どの貴族の招待にも満遍なく応じて顔を出し、ホストは元より招待客に「居ます。フォスター伯爵は出席していますからね~」と記憶に刻む作業を一通りこなしてから、後は目立たぬように隅っこに移動して彼らの会話に聞き耳を立てるのが、クラウンの招待先でのやりようである。
「はぁ・・・、憂鬱。ローランド公爵って、悪趣味なのだもの」
 黙ってお茶の支度を始めたスフォールドの心中をまだ知る由もないクラウンは、この時、ようやく二十五歳。
 十九歳を目前にして先代であった父を亡くし、現在のフォスター伯爵位を継いで六年の月日が流れていた。
「ま、ローランド卿が殊更って訳でもないけれどね。貴族って輩はまるで、蛮行愚劣な古代の王だね、まったく」
 これは将来、クラウンの息子として生を受ける次期フォスター伯爵が、醜悪なサロンを主催する元学友のヴォルフ侯爵を評した言葉と同じだった。
 フォスターの青年期には貴族の中でもヴォルフがその行いで目立った存在であったが、この時代では、むしろヴォルフのような貴族こそがごく一般的であったのだ。
「この前なんて、まあ酷かった。素っ裸のメイド達に給仕をさせて喜んでいるのだもの」
「・・・は? 申し訳ございません、仰っている事柄が理解できぬのですが」
 差し出された銀盆からティーカップを受け取って、クラウンが肩をすくめた。
「理解できないお前が誇らしいよ」
 カップから立ち上る香りを鼻先で楽しんでいたクラウンは、じっとりと見下ろしてくる親愛なる執事の視線から目を逸らすようにして窓の外を眺めた。
「・・・そろそろ、本気を出されてはいかがです」
「出しているよ~。全力開放中」
 飄々と両手を大きく広げて見せたクラウンに、スフォールドは更に言葉を紡ごうとしたが、そのまま口を閉ざした。
 主がいつもと変わらぬふざけた仕草をしながら、その瞳に浮かべていたのは真摯の色であったからだ。
「父上が守ってこられたフォスター領の現状維持。今はそれで手一杯」
「・・・今は、にございますね?」
「・・・焚きつけるねぇ」
 お茶を一口含んだクラウンは、苦笑いで傍らのスフォールドを見上げた。
「生憎と、僕とお前だけでは力不足。此度即位なされた国王陛下の御為に、引いては民草の安寧の為に、事を成すには後数人の貴族とその腹心の協力が必要だよ。・・・いや」
 お茶と一緒に出された焼き菓子や砂糖菓子を積み木の塔のように積み上げていったクラウンは、グラグラと揺れ始めたそれをつついて崩した。
「それもダメだな。急ごしらえの不安定な同志など、要らぬ荒波を立てるだけ。このフィナンシェ、美味しいね。うん、こういう風じゃないとなぁ」
「では、良い材料を繋いでくださいませ。せっかくの良質な卵白が痛まぬ内に」
 クラウンは苦笑を深め、ティーカップを口に運んだ。



 クラウンが言いたかったのは、例え一つ一つが美味な菓子でも、一纏めに口に入れては各々の長所が喧嘩して台無しだということ。
 やはり、一つの形を成す為に集めた材料で形成された菓子こそが最良。
 婉曲した表現にフィナンシェを用いたら、スフォールドめ、主を繋ぎの役目である卵白に準えおった。
「フォスター卿、何をうかうかしておる。頭が高い。ワイラー公爵閣下のお成りであるぞ」
 ローランド公爵邸に集った貴族たちの会話に聞き耳を立てていたクラウンであるから、その通達を聞き逃してはいないけれど、脇腹を小突いてきた同格ながら年長伯爵の言葉に慌てた素振りをして見せてから、一同に倣って最敬礼。
 分厚い絨毯ばかりの視界に紛れ込んできたのは、それは優美な歩調の上等な革靴。
 そっと目を上げると、凛とした眩い光を纏ったような、威風堂々の姿。
 ワイラー公爵。
 此度の先王崩御の代替わり継承にて、若干二十歳で公爵位に就いた最年少公爵様である。
 最敬礼の姿勢を良いことに、クラウンは早鐘を打つ胸をそっと押さえた。
 動悸。
 以前も幾度か、彼を目にしたことがある。
 まだ彼が社交界デビューによる顔見せで、前ワイラー公爵に連れられて宮廷主催のパーティーにやって来ていた時だ。
 これと同じ鼓動を、その度に感じた。
 クラウンの本能が耳打ちし、激しく警鐘を鳴らしたのだ。
 この少年を見誤るな。
 この少年を敵に回すな。
 以来、彼とは必要以上に接近しないことにしている。
 その彼の宮廷での叙位式以来、初めての至近距離。
 弥が上にも緊張が高まる。
 これはとにかく目立たずに、終幕までやり過ごして・・・。
「いやしかし、その若さで爵位継承と言え、クラウン伯爵とは大違いの風格だね」
 おいこら、ローランド公爵。余計なことを言うな。せっかく気配を消して隅っこに移動したところだったのに。
「・・・クラウン(道化師)? そのような伯爵領が我が国にあったかな」
「ははは。これはフォスター伯爵の渾名なのだよ」
 同じ公爵位。年嵩はローランド公爵の方がずっと上で、ワイラー公爵の倍以上。だが、ローランドは数代前の国王弟の血筋。ワイラーは外戚筋とは言え現国王の従兄弟。
 血筋のみならず、先々代王の治世より権勢を振るうワイラー公爵家であるから、若き公爵閣下はローランド公爵と対等の立ち居振る舞いを見せていた。
「ああ、フォスター伯爵のこと。私より一つ若い年齢で爵位を継いだと聞き及んでいる。ここにいるのかね?」
「ええ、あそこに・・・おや、えーと?」
 コソコソと人混みに紛れようとしていた姿をローランドより先に見つけたのは、ワイラーであった。
 その視線に気付いて観念したクラウンであったが、次の事態に目を丸くする。
 こういう場合、「そこの、近う」と呼ばれるはずで、まさか公爵様直々に歩み寄ってこられるなどと、クラウンでも予想していなかったのだ。
「あなたがフォスター卿だよね? この中で一番お若いのでそう思っただけなのだけれど」
「はっ。お初にお目にかかります、ワイラー卿」
「面を上げて」
 最敬礼のクラウンに、ワイラーがヒラヒラと手を振った。
「あなたは十九で爵位を継がれたそうだね。若年継承者の先達として、色々と教えてくれたまえね」
 下位に媚びる必要もないのだから、これは彼の本気なのだろうかとクラウンは首を傾げる。
「そのような、滅相もございませぬ」
「時にフォスター卿。先だって、我が領に三百ほど瓶を発注くださったね。数あるガラス工業の中で、ワイラー領を選んでくれてありがとう」
 クラウンはますますこの青年が恐ろしくなった。
 自領の受注品など人任せで把握していない領主がほとんどであるのに、この青年、たった三百程度の発注先すら記憶しているのか。
 やはり、ただのボンボンではない。ただ安穏と爵位を継いだ訳でなく、彼は自領を統治しているのだ。
「ロット数が千にも満たず、申し訳ない限りでございます」
「なに、少数に付加価値をと考えての発注だろう? リンゴの形のジャムポット。貴婦人や豪商の娘さんにたいそう喜ばれて、今じゃどこのお茶会でも置いてあるそうじゃないか」
「恐れ入ります。陶器も考えたのでございますが、やはりワイラー領の着色ガラス技術が一番リンゴのグラデーションを表現頂けるかと・・・」
「うん、仕上がりを見た。可愛らしかったよ。納品前に母が欲しがって大変だったが、我慢させて正解。あれはフォスター領産リンゴで作ったジャムが入って完成品だよね」
 その通り。今年はリンゴの出来が今ひとつの年となり、その多くを加工品に回すことになったのだが、それにどうにか付加価値と継続的購入者を増やせないかと思案した結果のリンゴ型ジャムポットである。
「蓋を開ければ甘酸っぱい爽やかなリンゴジャムが香る。通常の瓶入りジャムを詰替用として抱き合わせ、このジャムポットにはフォスター領産のリンゴジャムを入れるものと刷り込みもバッチリ。あのジャムポットは完売したのに、詰替用ジャムは売れ行きが衰えないらしいね」
「・・・恐れ入ります」
 本当に恐れ入った。この青年、自領の製品を使った他領の王都における市場調査まで。
「あのジャムポットはあなたが考案したの?」
「はあ。あ、いえ。領地の村娘達から意見を募いまして」
「ふぅん。で、意見を募ったのは、あなたなのだね」
「え? あ、いえ、その~・・・」
「誤魔化しても駄目だよ。だってあなたは、陶器も考えたと、先程言っていたよ」
 抜かった。
 在り来りな貴族同様、自領の収支に無頓着な振りで今までやってきたのに。
「ふふ。肩の力を抜きたまえよ。父からはあなたが敬語もろくに扱えない、間抜け伯爵と聞き及んでいるよ?」
「は、はあ。先代様の御慧眼には感服致します」
「そう? では私には慧眼備わずかな。私にはあなたがたいそうな知恵者に思えるのだけれど」
「とんだ針小棒大にございます」
 ワイラーは目をぱちくりとさせて、やがてクスクスと笑い声を漏らした。
「なるほど。目上への言葉選びは下手くそだね」
 針小棒大は物事を大袈裟に言い立てる意味であるから、高位からの褒め言葉に対する謙遜には不向き。
 敵には回したくないが敢えてこの言葉を選んだのだから、もう少し腹を立ててくれても良かったのに。
「ワイラー卿、良いワインを用意しているよ。こちらへどうぞ」
 ローランド公爵の呼びかけに振り返ったワイラーは、もう一度クラウンに向けて笑いかけた。
「皆、あなたをクラウン(道化師)と呼んでいるらしいね。私もあなたをそう呼んで良い?」
「・・・どうぞご随意に・・・」
 ローランド公爵の元へ歩を進めていたワイラーが哄笑した。
「下手くそ。それがわざとなら面白いだろうね。ではまたね、クラウン」
 随意。
 それはこちらの意見を聞き入れない相手に対して、今後どのようになれど関知しないという意味である。



「~~~あの頃は、私が圧倒的に優位な立場であったのにぃ・・・」
 ティーテーブルに両手をついてブツブツとぼやいているワイラーのお尻に、ピタピタとケインがあてがわれた。
「はい、いつまでも過去の栄光にすがっていないで、お尻、出しなさい」
 伏せた顔をねじ上げて、ワイラーがむくれた視線をクラウンに向ける。
「これで十分であろう!? 私は間もなく二十六だぞ! このような屈辱的な姿勢を甘受しているだけでも、ありがたく思え! 痛いー!」
 ズボンに包まれたお尻にピシリと振られたケインのピリピリした痛みに、ワイラーは腰を抜かすように絨毯の上に座り込んだ。
「こら。姿勢を崩さない。早く戻る」
「~~~クラウン、痛い・・・」
「お仕置きだもの。ほら、早くなさい」
 コツコツとケインの先でティーテーブルを叩いて見せるクラウンを恨みがましく見つめ、ワイラーは渋々元の姿勢に戻った。
「はい、良い子。じゃあ、お尻を出しなさい」
「・・・」
「おや、悪い子。人にさせたことができないの? えーと、自分でお尻を丸出しに出来ない子はどうなるのだっけ?」
 再びクラウンを睨んでみたが、彼は自分を見ていなかった。
 その視線の先には、ワイラーがメイドたちにお仕置きを課す姿をいつも間近で見ている彼の執事、ホーキンスに向いていたのだ。
「ホーキンス、教えてくれるかい?」
「・・・は。旦那様はそういう場合、反省できていない証拠と言及なさり、聞き分けのない子はあそこで・・・と」
 スッと部屋の隅のお仕置き台を指し示したホーキンスに、ワイラーは目を剥いた。
「ホーキンス! この裏切り者! あ・・・!」
 ティーテーブルから起こした体が、あっという間に小脇に担ぎ上げられてしまう。
「めっ。君が唯一自分の嗜好を告白できた親愛なる執事殿に、そんな言葉を投げてはダメでしょう?」
「~~~」
 恥ずべき嗜好と知っていて、ひた隠しに生きてきて、けれど罪深さに耐え切れなくなって告白。
 嫌気が差したなら出て行けと虚勢を張った。
 王家の侍従にと紹介状を書いてやるから、好きにしろと言い放った。
 けれどホーキンスという執事はただ黙ってお茶の支度を始め、それからもずっと傍に居続けてくれている。
「ホーキンス、すまないがその仕置台の仕組みがわからない。手伝っておくれ」
 クラウンの言うなりに仕置台に歩み寄った彼に、友愛の念が吹っ飛ぶ。
「~~~ホーキンスぅ! お前は誰の執事だ!」
「・・・あなた様の執事でありますれば、尚の事、フォスター卿のお手伝いを致したく存じます」
 いつも黙って仕置台やお仕置き道具の準備をしてくれるホーキンスが、またあの悲しげな表情を浮かべて言った。
「あなた様が苦しんでおられる姿を長らくお近くで拝見し、ただお叱り申し上げて取り上げること、叶いませなんだ」
 クラウンの腕から仕置台に腹這いに据えられた腰に、ホーキンスが固定ベルトを締め上げていく。
「ホーキンス、やめ・・・、外して・・・」
「翻弄され申した。ただ楽しむだけのスパンキングであれば是が非でも取り上げましたものを、あなた様の課すお仕置きは正当性を遵守された。仕置きを受ける者に、決して趣味嗜好を気取らせない」
「や、やだ! ホーキンス! 脱がさ・・・あ!」
 遂に丸出しにされてしまったお尻に感じる気温に紅潮させた顔が、素肌のお尻にあてがわれたケインにすぐに蒼白となる。
「旦那様。あなた様は時折その正当性を、趣味嗜好を極めたいお気持ちに飲まれて逸脱なさる。私の言葉に耳を貸しては下さらなくなる」
「あ! ~~~痛いぃ・・・」
 ピシリと据えられたケインに、ワイラーの剥き出しのお尻が逃げ惑う仕草を見せたが、それは固定ベルトが許さない。
「ならば、御身にて存分に、娘たちの気持ちを味わいなさいませ」
「や、やだ・・・。あ! ん! ん! んー! んー!」
 ピシ。ピシ、と。
 決して大きく振りかぶらずに、手首のスナップだけでお尻を弾いていくケイン。
 この程度なら心ゆくまで据えられると思っていた。
「うぅ! くぅ! い、た、いぃ・・・! も、や! やだ! やだぁ・・・。ぁ! あ! あーーーん!」
「・・・この程度で泣き喚くのではないよ。お仕置きはまだ始まったばかりだよ?」
 クラウンが言ったのは、自分が仕置台のお尻を見下ろして言った言葉と同じ。
 怯えて泣きじゃくるメイドにケインをしならせる音を聞かせ酔いしれる自分に、ホーキンスが苦々しい顔を横に振って見せていたのを思い出す。
 唇を噛み締めてワイラーは溢れてきた涙を仕置台に擦りつけた。
 おかしい。いつだ。いつ、自分とクラウンの立場が逆転した?
 スパンキング嗜好という弱みを握られたことを知ったのは、隣国王女との見合いが彼にかっ攫われた時。
 だが、彼はいつからこれを知っていた?
「~~~ク、クラウン!」
 手首を反らせてケインをお尻から最も遠い位置まで据えたクラウンに、ワイラーが上擦った声を上げた。
「あなたは、いつから私の嗜好に気付いていたの?」
「ああ、君のスパンキング嗜好? それなら、あの前ローランド公爵のサロンで」
「・・・・・・え?」
 圧倒的優位に立っていると思っていたあの頃から、既に道化師の手の平の上だったという事。



つづく