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スパ小説です。

スケッチ3

フォスター家【オルガ番外編】



 私が今までに拝見したフォスター伯爵のお姿と言えば。
 実際にお会いしたのは二度。
 この公園でお付きのモートンに連れられて遊んでいた就学前の幼い時と、先代様の肖像画依頼で訪れたお屋敷でお見かけしたすっかり大人におなりのお姿。
 後は・・・。
 何かしらの催事の壇上でスピーチをなさっている所や、過去に幾度か掲載されていた新聞記事の写真くらいか。
 その印象は穏やかな表情の中に凛とした空気感を漂わせた、公明正大な紳士。
 あの物静かなモートンが、目尻を垂れ下げて自慢したくなる気持ちがよくわかる。
 きっとお優しい方なのだろうなというのが目元に浮かぶ笑みで想像できるせいか、あまり政治に興味のない平民の女性陣にも人気があった。
 ・・・今の伯爵の面持ちをその女性陣が見たら、母性本能を爆発させて卒倒するのじゃなかろうか。
 だって、男の私から見ても可愛らしいのだもの。
 このひどく立派な紳士の、子供のように拗ねた上目遣い。
「そりゃあね、叱られたのは私が悪いからだけれど・・・」
「はあ」
「私が物申したいのは、その手法! もうあれは最後だと約束したくせに、モートンの奴・・・」
 手法とか「あれ」の内容は、敢えて突っ込まないことにする。
「ずるいんだ、アイツめ。仕事に休日を設けた途端に・・・」
「はあ」
「仕事中は恭しいくせに」
「はあ・・・」
「休日になると、私など子供扱いで」
「ははは」
 間違えた。
「はあ」
 合いの手の相槌を慌てて言い直したのだが、ますますむくれてしまったフォスター伯爵にジロリと見つめられてしまった。
 つい咳払いして仕切り直しに宙を見上げた私は、精一杯真面目な顔つきに自分を仕上げてから伯爵を見た。
「私めなどが助言などとおこがましゅうございますが・・・、モートンの休日の振る舞いにご不満なれば、休日とて分を弁えよとお命じになればよろしいのでは?」
 おや?
 フォスター伯爵の視線が泳いだ。
 高貴なご身分の方をあまりまじまじとは見入ることはできないが、少々顔を赤らめていらっしゃるような。
「・・・そう命じてしまったら、他もなくなってしまう・・・」
「? 他、にございますか?」
「・・・休日の晩になると、私の部屋で、一緒にお茶を飲みながら、今日一日の出来事を話してくれる。自分のことを雄弁に語ってくれるのは、休日だけだから・・・。あなたとこの公園でよく話しているというのも、その時に聞いた」
つい笑みがこぼれてしまったが、これは失礼には当たらぬだろうと思い、私は頷いた。
「私のその日の一日も、楽しそうに聞いていてくれる」
 不貞腐れ気味だった伯爵の目にも、喜色が滲んでいる。
「モートンがね、あんなに身振り手振りを交えて話すのは、私が小さな子供の時以来に見た。それでね、私が寝付くまで傍に居てくれるのだ。うとうとしていると、たまに、モートンの指が私の髪を梳いているのがわかって、こんなのは、やはり小さな子供の頃以来で・・・」
 眠りに落ちていくこの方の髪を梳きながらモートンが浮かべる微笑が、目に浮かぶようだ。
「フォスター卿、恐れながら申し上げます。モートンからも、その最後というお約束であったお尻叩きのお仕置きを・・・」
 人々が行き交い子供らが転げまわる公園内に視線を走らせたフォスター伯爵の盛大な赤面での咳払いに、私は一旦口を閉ざして頭を掻いた。
「あー・・・、件(くだん)の手法について告解を受けたのでございますが、私は彼にこう申しました。子育ては理想のルールに当てはめていけるものではないと」
「~~~それはそうだけれど」
 いかん。声を上げて笑ってしまいそうだ。
 三十路も過ぎて、確か既にご嫡男をもうけられたと聞き及ぶ伯爵様が、ご自身と執事の間柄に「子育て」という言葉を使われても、その内容は不服のようであれ、立ち位置の有り様は納得されているご様子。
 モートンは育ての親。自分はその育てられた子。
 この方の中で、その認識は確固たるものなのだろう。
「恐らくなのですがモートンの中で執事としての理想は、当主様たるあなた様の傍らで粛々と過不足なく、最大限にその能力を活かすこと。あなた様の自慢の右腕でありたいということ」
「その理想ならば既に叶えられているよ」
 我が事のように胸を張るフォスター伯爵が、妙に微笑ましい。
「ですが、その理想から参りますと、間違ってもご主人様とお茶の時間を共にしたり、プライベートな話をしたり、ましてや、髪を撫でたりは・・・できませんでしょうね」
「う・・・、うむ」
「ご無礼を承知でお伺い致しますが、フォスター卿はモートンの休日の度にお尻叩きのお仕置きを?」
 これまた一段と大きな咳払いに、私は慌てて口を手で押さえた。
 失礼致しました。
 何ぶん長らくお仕置き画家などというものを生業にして参りましたもので、お尻叩きとかお尻ぺんぺんのお仕置きという言葉と口にすることに、耐性がついておりまして・・・。
「そ、そんなわけなかろう! ごくたまに、ほんの希に、休日を制定して以来、せいぜい二、三度程のこと!」
 はは・・・。
 こう申し上げては何ですが、そのお年で二、三度もあれば結構な割合かと・・・。
「・・・無礼ついでに申し上げますが、詰まるところあなた様は、幼い頃に見せてくれていたモートンの慈しみは休日毎に欲しく、お尻たた・・・叱られるのは嫌だと、そう仰っておられるので?」
 思わず苦笑を浮かべると、フォスター伯爵の私を見る目がまた拗ねた子供に逆戻りしてしまった。
「~~~欲張りだと思っているのであろう」
「はい」
 あ。
しまった。
 飲み込んだつもりがこぼれた。
 まあ良い。モートン自慢のご主人様が、「この無礼者!」といきり立つとも思えないし、この際、思うままを言ってしまおう。
「恐れながら、それは欲張りと言うよりも、わがままというものでは・・・」
「~~~って・・・」
 ん? 何やら仰ったようだが、口の中でモゴモゴと噛み砕くような発声で聞き取れない。
「申し訳ございません。今、何と・・・」
「わかっていると言ったのだ!」
 おやまあ。これでもかと赤面なさって・・・。
 ああ、なるほど、そうか。そういうこと。
 いくら三十路過ぎの立派な紳士とは言えど、私からすればまだまだ若輩。
 ピンと来てしまった。
 先程、伯爵は休日のモートンがよくこの公園で私と話していると聞いたと仰った。
 私とモートンが示し合わせて会っている訳ではなく、散策中に出会えば共に時間を過ごす程度だとも、伯爵はお聞き及びのはず。
 だから、ご自身もあわよくば、あくまでもあわよくばモートンと一緒にいない私と遭遇して、お仕置き方法のみの改善を進言してもらおうという算段であったか。
 で、あろうな。
 でなければ、(私にとっては三度目だが)たった二度目に会った私に(しきりに恥かしそうにしているお仕置きの)話を持ち出して愚痴ったりはしまい。
 ・・・。
 ・・・・・・。
「何故笑う!」
「も、申し訳ございません」
 可愛すぎて。
 ダメだ、笑いを堪えるとお腹が痛い・・・。
「重ね重ねご無礼とは存じますが、只今より、まるであなた様よりモートンという男を熟知しているかのような発言を、どうかお許し下さいませ」
 どうにかこうにか震える横隔膜の処理を完了し、私は口を尖らせているフォスター伯爵に深く頭を垂れた。
「フォスター卿、ありがとうございます。我が幼馴染は、離れ難い家族から引き離されてこの王都にわずか十で旅立ちました」
 その彼の夢は、ただただ、貧しくとも良いから、自分の家族を持つこと。
 得た家族を、守っていくこと。
「弟妹たちを抱きしめて微笑む彼の姿から、にじみ出ていた夢。いつか、我が子をこうして抱きしめたいと・・・」
 フォスター伯爵が唇を噛んでフイと目を逸らせた。
「・・・私はモートンの夢など知らない。だが、もしそれが彼の本心なら、私の存在がその夢を阻んだ」
 ああ、これを、親の心子知らずと言うのだな。
「阻む? 何を仰るのです。恐れながら、あなた様がモートンにとり我が子であるからこそ、職務を離れた彼は、親に立ち返るのでございましょうて」
 おや。
 私は伯爵の背中越しに見えてきた人影に、ヒラリと手を挙げて見せた。
「フォスター卿、噂をすれば何とやらにございますよ」
「え」
 弾かれるように振り返った伯爵の、まあ何と嬉しそうなこと。と、思ったのも束の間。
 何やら伯爵の顔つきに翳りが差す。
「アーサー様? お散歩にございますか?」
「フォスター、奇遇だな」
 モートンに続けて気安い発声は、やはり見るからに貴族様。
 ああ、赤いタイ。『赤の侯爵様』ヴォルフ卿であろう。
 この方もまた新聞記事でよく拝見するお顔だ。
「・・・やあ。君たちはお揃いで散策かね」
 ん? もしや伯爵、妬いておられる?
「妬くなよ。私はスコールド学院の運営視察の帰り道。モートンとはそこでバッタリ会っただけだ」
 スコールド学院? 確かヴォルフ侯爵が理事を勤める職業訓練校は、スフォールド学院ではなかったか?
「妬いてなどおらぬわ」
「・・・ふーん」
 ニンマリと口元に笑みをなぞらえた侯爵が、スルリとモートンの背後に回った。
 新聞の写真でも感じたが、この侯爵様はどこかこう、美丈夫なくせに悪童顔だなぁ。
「フォスター、お前って本当に、モートンのこととなると大人気ないね」
「何を!? だから妬いてなどおらぬというのに!」
 ・・・耳にしたことのある演説とは大違いの、説得力の欠片もないお言葉・・・。
 伯爵と侯爵に挟まれたモートンは、黙って天を仰ぎ見て吐息をこぼしていた。
 その気持ち、わかるぞ、幼馴染殿。
 分別つかぬ幼子ではあるまいし、仲裁など入ることなく、お二人で場を収めて欲しいよね。
 が、キャッキャと挑発めいた発言をやめない侯爵様に、大層ご立派な紳士の伯爵様は乗っかり放題・・・。
 やがて、モートンの口から小さな咳払いが発せられた。
 おお。静観していた私にもどうにか聞こえた程度の咳払いであるのに、口論(と言うか、派手な戯れ合い?)をなさっていた両卿に届くなど、君の咳払いは効果てきめんだね、モートン。
「だってモートン、ヴォルフが・・・」
「だってではございません。完璧たれとは申し上げませぬが、人目憚らず声高になるなど、そのようなお方にお育てした覚えはございませんよ」
 背中に張り付いていた侯爵を剥がすようにして伯爵と並び立たせたモートンは、両手を腰に添えて顔をしかめた。
「セドリック様も。その様におからかいになってはなりませぬ」
 うん、親だね。あれは我が子らを叱る親の仕草。
「だってモートン、お前のことでからかうのが、優位に立てる数少ない機会なのだぞ」
「だってではございません。そのような優位にお立ちにならずともよろしい」
 うん、子供だね。窘めを前にして、未だ僅かに威嚇し合う姿。
 再びの咳払いに、両卿の肩がビクンと跳ね上がった。
「いい加減になさらねば、お子様方にはお子様方に相応しいお仕置きをして差し上げましょうか?」
 手の平に息を吹きかけて見せたモートンに、伯爵も侯爵も慌てふためいて首を横に振った。
「モートンや! 折角だ、三人で公園を散策してから帰らないか?」
「うむ、三人で仲良く、な?」
 明言しない「ごめんなさい」に、モートンの目尻に柔らかな笑みが刻まれた。
「はい、では参りましょうか」
 モートンが私を振り返って、黙って会釈した。
 私も軽く手を振って見せる。
 やれやれ。今日は幼馴染殿との語らいの時間はなくなったが、良い表情を拝ませてもらえた。
 ・・・沸々と、創作意欲。
 のんびりスケッチ散策の日々だった最近にない、「描きたい」という欲求。
 私はスケッチブックを開いて、遠ざかっていく三人の背中を見つめて木炭を走らせ始めていた。
 普段の執事の彼であれば、両卿の後ろを付き従って歩いているだろう。
 だが、休日の彼は、両卿が彼の腕を引っ張るように真ん中に定められた場所を歩いている。
 垣間見える横顔。
 それは、夢を叶えた幼馴染の至福の横顔だった。



「私に?」
 ファビオが自室まで運んできたモートン宛という荷物に、彼は首を傾げた。
「差出人は・・・、ああ、彼か。何だろう、絵など頼んだ覚えはないのだけれど」
開封前から絵と決めつけているモートンに、今度はファビオが首を傾げる。
「どうして絵だと?」
「ああ、差出人は画家だからね。それにこの荷の形状からして、多分、カンバスだろうと思っただけだが・・・」
 そう言いながら荷を解いていたモートンは、最後の葉薄紙をめくって目を瞬いた。
「あ、これってモートンですよね。すごいなぁ、遠目の後ろ姿と横顔だけなのに、すぐにわかった」
 一緒になって絵を覗き込んでいたファビオが唸る。
「でも、この小さな子供二人は誰でしょうね?」
「・・・ふふ。誰だろうねぇ」
 モートンの両脇に、そんな彼を見上げてその手をしっかりと握り、今にも話し出しそうな、戯れ合いそうな、四歳程の男の子が二人。
「大した画家だよ、君は。私の心象風景を絵に起こしてしまうなんてね」
 カンバスを見つめたモートンの、そのとても小さな呟きがファビオには聞こえたが、師があまりに幸せそうなので、黙ってそっと部屋を出て行った。
 その気配を流し見て、モートンの笑みが深まる。
「三人目の息子も、成長しているようだね」
 モートンは夢を叶えた。
 子沢山の親として、子供たちを守り育てていきたいという夢。



終わり